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『ドルアーガの塔』研究室 管理日報

『ドルアーガの塔』研究室管理人・GILによる、更新履歴だったりつぶやきだったりてきとーに。

『ドルアーガの塔』の面白さとは!?

ひさびさに「ドルアーガ論」カテゴリの記事です。


先日開催しましたイベント“四神降臨祭”、サブタイトルに「TOD30周年記念」とありますように、2014年はドルアーガの塔』30周年でした。
そんな世に出てから30年も経ったゲームですが、今もってタイムアタックやスコアアタックが加熱している印象です。

30年も昔のゲームを、なぜ我々は今だに遊んでいるのか?

答えは簡単で、このゲームがアクションゲームとして非常に面白いから、に他なりません。


まず、よく「ノーヒントじゃ解けない」「それでも解いた当時のゲーマーはスゴい、真似できない」という意見を、今もって見ます。
もちろん、それは本当にスゴいことですし、管理人も最初はファミコン版を攻略本片手に解いた人なので、とうてい真似のできない偉業だと思います。

ですが、それは必ずしもこのゲームのすべてではありません。

すでに語られてはおりますが、このゲームにおける宝箱の出し方とは、格ゲーで言うところの連続技、音ゲーで言うところの楽曲みたいなものです。
自分ですべてを見つけ出す必要は無く、それどころかすでに「正解」は周知されているのですから、今なら宝箱の出し方を見ながら遊んだって構わないのです


そうしていくうちに、このゲームの本筋は、「宝箱の出し方」という縛りのなかでいかに上手く立ち回るか、にあることがわかってくるかと思います。
以前にもブログに書きましたが、「宝箱を出さねばならない」ことが、このゲームの面白さの本質と言ってもいいでしょう。

そして、やがてコンティニューしてでもゲームをクリアできるようになり、さらには1コインクリアが可能になってくると、さらなる高みを目指したくなってくるもの。
それは、以下に記す3つのプレイスタイルに集約されると言えるでしょう。


【1】タイムアタック
いかにクリアまでの時間を短縮していくかを突き詰めます。
ムダな動きをなくし、必要最低限の宝箱だけを取ってクリアする。当然ノーミスが必須となりますが、腕に覚えのある人ならば、30分台前半を記録できます。

ただ、タイムアタックは判断基準がゲーム内にありません。ストップウォッチなどを別に用意する必要があり、ゲーム内には記録が残らないので、ちょっとモヤモヤしてしまうところです。
16SHOTSのイベントや、高田馬場ミカドで何度か開催された「タイムアタック対決」では、2人が同時にスタートして競争する形を採っております。クリアタイムよりも、「いかに相手より早いか」に基準を置くことで、見る側のモヤモヤを解消している点は上手いと思います。

【2】スコアアタック
文字通り高得点を目指すものですが、当然ながらコンティニューボーナスはナシ、ZAP稼ぎもナシ。1コインでクリアする間に、どこまでスコアを稼ぐことができるかを突き詰めていきます。

スコアアタックもまた、タイムアタックとよく似ております。というのも、ドルアーガの塔の多くの敵は、わざわざ遠回りして倒しに行くよりも、無視して早くクリアした方が、タイムボーナスで高得点を望めるのです。
必要な宝箱を取りつつ、ハイパーナイトやドラゴン系など高得点の敵は多少遠回りしてでも倒し、一方でマジシャンやスライムは得点が低いので無視。必然的に、呪文をかいくぐりながらナイトやドラゴンと戦う、というスタイルに行き着くこととなります。

また、スコアアタックに欠かせない稼ぎとして「残機潰し」があります。ドルアーガの塔では、クリア時に残機がいくつあっても特典はないので、逆に残機のあるかぎり得点を稼いではやられることを繰り返します。
残機潰しで一番スコアが稼げるのは、じつは59階です。59階はハイパーナイト×2のほか、ドルアーガが変身したクオックスが、倒すと5000点ももらえます(敵単体では最高点)。つまり、59階では残機一体につき1万1000点稼げるのです。

そうしたテクニックを駆使していき、140万点台後半が出せれば、もはや上級者と呼べるでしょう。

【3】ノーミスハイスコア
要は「残機潰しをしないハイスコア」を突き詰めていくものです。実は管理人のプレイスタイルがこれです。

前述のように、スコアアタックでは140万点台後半が見込まれますが、残機潰しで稼げるスコアは3万3000点+αとなりますので、差し引きで145万点前後が到達点となります。
ですが、140万点を超えられれば、もう上級者と言っても差し支えないでしょう。

とはいえ、「スコアを狙いながらノーミスクリア」は難しいので、「ノーミスが絶対条件」とまでは考えておらず、「残機潰しで稼ぎさえしなければミス有でもOK」ぐらいにゆるい基準で、管理人や周辺の人たちは遊んでいます。



この3つのプレイスタイル、じつはどれもほとんど同じものです。
これらのプレイの根本は、瞬時に状況判断をして、適切な行動をとり、効率よく進めるという、アクションゲームの基本とも呼べるもの。
その先に、「敵を倒してスコアを稼ぐか否か」という枝葉があるだけで、幹はひとつなのです。

このゲームは「敵」や「カギ」、「扉」の配置にランダム性があるため、敵の対処法のみならず、複数の敵が組み合わさった場合の対処法、地形に応じた対処法、宝箱の条件を加味した対処法、さらには得点効率やタイム短縮を念頭に置いた対処法etc.……と、数限りない対処法が求められます。
自分の中に、それぞれの対処法をストックしておき、時と場合に応じて最適な対処法を瞬時に引き出し、「適切な行動」をとる。それがこのゲームの究極的な面白さであり、上達法であり、醍醐味であると言えるでしょう。


ドルアーガの塔、本当に面白いゲームです。遊べば遊ぶほど、奥深さに魅了されます。
そして、幸いにして今はまだゲームセンターで遊べるところもあります。東京なんか、常設稼働中なのが4店舗もありますし。

ぜひ、実機で遊んでみてください。そして140万点を目指しましょう!!



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  1. 2014/12/27(土) 23:59:59|
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【ドルアーガ論・15】TODを褒めよう――ゲーム・ミュージックの効能

 このゲームを支えた大きな魅力のひとつに、「音楽」が挙げられる。


 もとより、当時のナムコのゲームは、他社のゲームよりも「いい音」を出していた。
 1980年の『ラリーX』で世界初の“ゲームミュージック”を生みだし、また細野晴臣監修による世界初のゲームミュージック・アルバム『ビデオ・ゲーム・ミュージック』も、ナムコのゲームが題材となっている。
 それくらい、当時のナムコのゲーム音楽は優れており、一目を置かれる存在であった。

 当時のアーケードゲームにおいて、多く使われていたのは「PSG」と呼ばれる音源。これは基本的に3和音+ノイズという構成で、俗に言う「ピコピコサウンド」のイメージが強い(現在のチップチューンも、和音数はともあれ音色はPSGを意識したものが中心となっている)。
 しかし、ナムコはPSGとは異なる音源(カスタム音源と呼ばれることが多い)を用いており、これは最大8和音が出力できるというものであった。
 この性能を利したハーモニーは、当時のアーケードゲームにおいて際だった美しさを誇っており、それがナムコの作曲者陣の才能と相まって、レコード化に至るほどのクオリティを築き上げたわけだ。


 とはいえ、じつはナムコゲームのうちゲーム中にBGMを採用した作品は、それほど多くない。
 『ドルアーガの塔』の前年、1983年までのナムコゲームを分類してみると、以下のようになる。
●BGMあり
『ニューラリーX』『ディグダグ』『ゼビウス』『マッピー』『リブルラブル』
●BGMなし
『ワープ&ワープ』『ギャラガ』『ボスコニアン』『フォゾン』『ポールポジション』『スーパーパックマン』『パック&パル』『ポールポジションII』

 …分類が難しいものもあるが(『フォゾン』をBGMと呼ぶべきかどうか、etc.)、ファンファーレやゲームオーバー時の曲などをBGMに含まないと定義した場合、おおよそこのように分類されるだろう。

 こうして見ると、BGMのある作品が意外に少ないことがわかる。当時ゲーム・ミュージックとは、まだまだ珍しい存在だったのだ(ちなみに1983年当時の他社作品では、タイトー『エレベーターアクション』、アイレム『ジッピーレース』、コナミ『ジャイラス』などがBGMのある代表的ゲームと言えるだろう)。

 また、当時のBGMがついた作品群にしても、その曲数は決して多いものではなかった。
 上記分類中、『ゼビウス』はBGMが1種類しかなく、それ以外の4タイトルでもBGMは2種類まで(ちなみに『ドルアーガの塔』の直前にリリースされた『ギャプラス』では、特定の面のみBGMが付くため、「無音」と合わせると2種類と言えなくもない)。
 ただし、これは容量の都合や、それほど多くのBGMを必要としなかったという当時のゲーム内容もあわせて考えると、そう不思議な話ではない。なにせ、当時はBGMが付くことすら珍しいことであったのだから。


 そして、この『ドルアーガの塔』のBGM。
 フロアスタートの勇壮な序曲が流れたのち、力強いメインテーマが流れる。この時点で、ナムコゲームとしては『リブルラブル』に続く、常にBGMが鳴り続けるゲームとプレイヤーは認識するわけだ。

 しかし、階を進めて15階に入り、突如としてBGMが変化。迫力ある重低音のおどろおどろしい曲が、焦燥感を駆り立てる。
 果たして、その元凶たるクオックスの姿が見え、暴力的に吐き散らす紅蓮の炎に驚きと恐怖を覚える――初めて15階に来たプレイヤーなら、誰しもが同じような感覚を味わったことだろう。こうした演出に、BGMは大きく影響を及ぼしていることは間違いない。
 以後しばらく、通常のBGMとクオックス(他ドラゴン系)登場階のBGMの2種類で、ゲームは進行。これにより、BGMによってその階にドラゴン系モンスターがいるかいないか、という判断が付けられるようになっている。
 これもまたBGMの活用法としては前例のないものであろう。

 ところが、ゲームも大詰めの57階になって、さらに新しいBGMが流れる。
 それまでの勇ましいテーマ、不気味なドラゴン系のBGMとは異なる、美しい響き。そしてフロアには謎の物体(石)があり、それは鍵を取る前に扉を通過することで、見慣れぬ姿へと変貌する。
 カイと同じようなティアラをかぶり、ブルー・クリスタル・ロッドとおぼしき杖を持って、座っている謎の人影。綺麗なBGMと相まって、神々しい印象さえ持ってしまうところだが…これもまたBGMの成せる演出、と言えよう。

 迎えた59階では、またも新しいBGMが奏でられる。ドラゴン系の時以上に威圧的で恐ろしい響きは、最終決戦を彩るにふさわしい雰囲気を醸し出してくれる。そして60階で再び57階と同じBGMが流れ、そして…


 と、このように『ドルアーガの塔』では、ゲーム中のBGMが4種類もあり(しかもうち1曲は事実上“世界初のラストボス専用BGM”と言えるかもしれない)、さらにBGMを演出の一環として効果的に活用している。
 まだゲーム中のBGMが珍しかったこの時代に、ここまで先駆的な試みを行っていたことには、驚くより他はない。

 ナムコからは同年さらに『ドラゴンバスター』や『パックランド』が発売され、BGMの質と機能はますます洗練されていく。
 また他社もBGMに注目を始め、翌85年にはFM音源搭載のゲーム基板も登場。さらに家庭用ゲーム機・ファミリーコンピュータでは、1985年に『スーパーマリオブラザーズ』が大ヒットを記録し、そのBGMがプレイヤーの耳に深く刻み込まれることとなる。

 『ドルアーガの塔』はまさにその前夜、ゲーム・ミュージックの黎明期から大いなる発展を遂げる、重要な足がかりとなった作品と言えるだろう。



とりあえず、別ブログからの転載はこのへんで。

こういう、ドルアーガについてひたすら考える記事は、またそのうち書こうと思います。


  1. 2011/07/05(火) 23:59:59|
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【ドルアーガ論・14】TODを褒めよう――RPGとしての評価

 このゲームは全60面(ゲーム中の表記は「FLOOR」、ファンの間では通常「階」と呼ばれる)構成である。
 今考えてみても、パズルゲームでもない限り全部で60面もあるゲームというのは、なかなかない。ましてやアーケードゲームにおいては、なおさらだ。
 対戦格闘ゲームに例えれば、「面」はCPUと戦う回数(人数)ということになる。60人も倒さなければならない格ゲーというのも、考えただけでどっと疲れが出るところだろう。

 しかし、『ドルアーガの塔』においてこの全60面というのは、じつはかなり理想的なボリュームなのだ。

 そもそも『ドルアーガの塔』が全60面という構成になったのは、遠藤雅伸本人が語ったところによると「当時、日本で一番高いビルが東京・池袋のサンシャイン60だったから」という理由から。
 話だけ聞くと、じつに他愛のない理由で決めたように思える。
 しかし、結果的にゲームとして冗長となるでもなく破綻するわけでもなかったことを考えると、これだけの理由で全60階にしたとは思えない。


 その答えのひとつが、このゲームが持つ“RPG的要素”にあると言えるだろう。
 ここでいう(そして俗に言わていれる)RPG的要素というのは、取りも直さず『ウルティマ』風であり『ウィザードリィ』風であり『ダンジョンズ&ドラゴンズ』風である、ということ。
 ただ、これは「中世風の世界で剣士が戦う」という狭い意味ではない。戦いの中でギルが数々のアイテムを発見し、それらを身につけることで「徐々に成長していく」点を指している。

 最初のうちは、壁を壊せるようになったり足が速くなったりと、あまり戦闘とは関係のない要素でギルの性能が向上していく。
 また、序盤で手に入る剣や盾、鎧などは直接ギルの強さには影響を及ぼさないものの、徐々にギル自身の姿が変化していき、視覚的にゲーム開始直後のギルとは何かが違っていることがわかる。

 やがて中盤にさしかかると、様々な装備を身につけることでギルは強くなっていく。
 それを実感できるのは、ある程度塔を登ったときにブルーナイトやドルイドゴーストといった、初期に遭遇するHPをある程度有した敵と戦うときだろう。
 具体的には、18階でドラゴンスレイヤーを手に入れる前と手に入れたあとでは、ドルイドゴーストを倒すのに要する交差の数が明らかに異なる。ここで、この剣を取ったことで、ギルが強くなったことが実感できるわけだ。

 さらには今まで悩まされていたファイアー・エレメントやウィル・オー・ウィスプが無効化されたり、クォックスなどのドラゴン系を足止めできたりと、しだいにギルの前に立ちはだかる障害は減っていく。
 やがてはドルアーガ討伐に必要なアイテムや、ギルの力を最強にするアイテムなどが手に入り、序盤の頃とは比較にならないほどの力を備えた戦士に成長を遂げるのだ。


 こうした60にもおよぶ階層の中において、それぞれの階でアイテムが出現し、ギルを成長させていく(もちろん、中には成長と呼べないようなアイテムやマイナス効果のあるアイテムもあるし、アイテムそのものが存在しない階すらあるが)。
 極論すれば、これは“レベルが60まで上げられるRPG”をプレイしているのと同じ事ではないだろうか?

 階を上がるごとにギルは成長し、やがて58階ぶんもの成長を積み重ねた状態でドルアーガと相対する。
 それまで積み重ねてきた経験と技術、そして成長したその身を以て、魔王を討伐し、愛しき人のもとにたどり着く。これこそ、まさしくRPG的展開と言えるだろう。


 また、当時のアーケードゲームとして一番風変わりな点が、「得点が重要視されていない」ことだ。
 これも当時の遠藤雅伸の回想なのだが、「得点に意味はない」と明言しており、「ゲームは得点を競うものだ!」と豪語するお偉いさん(当時の社長・中村雅哉氏ではないとのこと)を納得させるために、変わった得点システムを導入している。
 具体的には、途中でゲームオーバーになったのちコンティニュープレイをすると、その階数に応じてボーナスポイントが入るというもの。つまり、1コインクリアよりもコンティニューをしてクリアした方が高い得点が入るという、いわゆるハイスコアラーにとっては至極稼ぎがいのないゲームというわけだ。

 また、このコンティニューにおけるボーナスの存在意義を聞かれると、「逆説的に、このゲームでは点数より大事なものがあるという主張」とも答えている。
 それはすなわち「ゲームをクリアすること」なのだろう。
 当時のアーケードゲームは、そのほとんどで特定の面が果てしなく繰り返され、バグなどでゲームがストップしないかぎり無限に遊ぶことも不可能ではなかった(遠藤雅伸の前作『ゼビウス』もその例に漏れなかった)。
 60階をクリアするとエンディング画面が流れ、ゲームが強制的に終わるよう作られたのも、この『ドルアーガの塔』が嚆矢と言える。

 ゲームの目的が得点を競うことではなく、エンディングを見ることにある点は、言い換えれば「ゲームの主人公・ギルとして、塔を登りドルアーガを倒し、カイを救い出す」ことそのものがゲームのシステムであり面白さ、ということになる。
 プレイヤーはギルとなり、様々な困難を乗りこえて、エンディングを目指す…これもまた、「役割を演ずるゲーム」というRPGの定義からは些かも外れることがない、と言えよう。
 「ギルとなること」が、このゲームをクリアするための第一条件と言っても、過言ではないだろう。


 今でこそRPGというジャンルはコンピュータゲームの一大ジャンルとなり、今でも『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』と言った作品は、ビッグタイトルとして揺るぎない。
 しかし、世の中にそんなジャンルがあるとほとんど知られていない1984年に、まさしくRPG的なアプローチでアクションゲームを、しかもアーケードゲームとして発表したのは、異端中の異端だったと言えよう。

 それがどれほどの衝撃をもって迎えられたのか。
 それはこの作品でギルとなり、20年以上経った今でもバビロニアン・キャッスル・サーガの虜となり続けている人々が、雄弁に語ってくれるだろう。

  1. 2011/07/04(月) 23:59:59|
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【ドルアーガ論・13】TODを褒めよう――アクションゲームとしての評価

 このゲームのアクション面における特徴は、以下の3つが挙げられる。

通常時は正面からの呪文を受ける(=無効化する)ことができるが、敵との接触がミスとなってしまう(一部例外あり)
抜刀時は敵にダメージを与えることが可能になるが、正面からの呪文を受けられなくなる(ギルの左側からの呪文は受けることが可能)
主人公(ギル)や敵にはHP(ヒットポイント)が設定されている

 上記二つは、「剣を抜くと正面で呪文が受けられず、剣を納めると敵の体当たりに耐えられない」という、一長一短の相反する状態を生み出してしまう。
 この双方の状態におけるメリットとデメリットは、じつは遠藤雅伸が意図的に入れたもの。「二律背反」による制限が、このゲームにおける一種のもどかしさ、メリハリにつながっているわけだ。

 HP(ヒットポイント)については、ギルにも敵にも設定されているが、それらは目には見えない。
 なぜ目に見えるよう表示されないのかというと、当時まだHPという概念、ひいてはRPGというゲームの概念が、日本国内においてはほとんど知られていなかったため。いきなりHPという数値を出してもユーザーが混乱するから、というのが遠藤本人の弁だ。
 たしかに当時の技術力から考えると、わかりやすい表現で各キャラクターのHPを明示させることは、不可能に近いだろう(ちなみに“耐久力のある敵”という概念自体は、同じナムコが1981年に発売した『ギャラガ』などですでに確立している)。
 よって、プレイヤーは何度もプレイを重ね、その経験をもって危険な水準を推し量ってきた。
 これが逆に、ゲームにおけるスリルにつながっているのは、ある意味偶然の産物かもしれない。

 また、そのHPというパラメータが、「剣で相手を斬りつけてダメージを与える」のではなく、「剣を構えて交錯することでダメージを与える」という、独特なアクションの源となっている点も見逃せないところだ。
 安全地帯から一方的に攻撃するのではなく、その身を危険にさらし、自身のHPと引き替えに相手のHPを減らすというアクションは、目に見えないHPとあわせて戦いを、非常にスリリングなものにした。


 こうした要素の組みあわせが、『ドルアーガの塔』に唯一無二とも言うべき独自のアクションを成立させていると言えよう。

 例えばマジシャン相手の時は、先に呪文を受けてから剣を抜いて倒す。
 ゴースト系が相手の時は、敵が往復する通路まで追いこみ、その横から半身だけ乗り出して、敵が勝手に斬られるに任せる。
 スペルを吐く敵とナイトが混在するフロアでは、ナイトと交戦中にスペルを吐かれないよう、スペルを吐く敵を先に倒したりナイトと交戦する場所を吟味したりする…
 こうした対処法を身につけ、場面に応じて使いわけていくことが、このゲームにおける“戦略”となるわけだ。

 あるいはナイトとローパーがいる階。ローパーは剣を納めたまま通過すると、絶対に死ぬことはないがヒットポイントが最低の値まで減らされる。だが、その状態では以後ナイトとは一切戦うことが出来ない。
 リスクを承知でローパーに剣を突き立てるか、扉まで徹底的にナイトとの遭遇を避け、あえてローパーにその身をさらすか…こうした戦略と、そこに生まれる葛藤。これこそが、このゲームの醍醐味と言えるだろう。

 ほかにも、剣を抜いた状態ではギルの左側面で呪文を受けられる、という要素も特徴的で、ここにプレイヤーのテクニックが介在する余地が作られている。
 さらにはファイアー・エレメント(ドルイドの呪文が作り出す炎)にギリギリまで近づいて剣を振ると、エレメントを消すことができるなど、細かい部分にまでさりげなく気が配られているのだ。


 とはいえ、このゲームのアクションを構成する要素がこれだけなら、じつは『ドルアーガの塔』は名作とはなり得ない。
 なぜなら、このゲームにおいて先の面(=次のフロア)に進むための条件が、扉を開けて先に進むことだからだ。

 「敵を倒す」ことが確固たるクリアの目的ではない以上、イヤな敵は極力避けて、カギを取っては扉に向かうことを繰り返せば、とくに敵とも戦わずに先へ先へと進むことができる。一応、「迷路を探索する」という遊びの要素も備わってはいるものの、それだけでは凡百なゲームに終わってしまっていただろう。

 これらの要素をすべて活性化させたのが、「宝箱」の存在といえる。

 宝箱の中身は、カイを救出(=ゲームをクリア)する上では欠かすことができないものや、ゲームを進める上で有利になるもの(あるいは不利になるのを防ぐもの)が大半を占める。そうした宝箱は、余程のことがない限り出さざるを得ない。
 しかし、宝箱を出すには各階ごとに異なる条件を満たす必要がある。そのためには、野放図に敵を倒しまくったり、逆に逃げ回ってばかりいるのは禁物。時には敵を倒さずに我慢し、時には敵を利用し、そして時には少々のリスクを負う必要すらある。
 そうした各階ごとに異なる限定条件が、ゲームに独特の深みを与え、単なる迷路アクションゲームに留まらない妙趣を醸し出しているのだ。


 ストーリーやポスターなどから、自分(=ギル)の為すべきことは、「カイの救出」と理解できる。
 つまり、このゲームのプレイヤーはすべからく「カイの救出」を目指すことになり、そのためには「宝箱」を避けて通ることはできない。よって「宝箱」を出すことを目指さないプレイは、ゲームクリアを目指さないプレイと同義である。
 …そんな部分にゲームのバランスと面白さを見いだしたのは、凄いと思う。良く言えば慧眼、悪く言えば危険きわまりない賭けだったろう。

 だが、結果的にこの「宝箱」の要素がなければ、すべては成り立たなかった。
 「宝箱」があったからこそ、『ドルアーガの塔』は名作アクションゲームたりえたのである。

  1. 2011/07/03(日) 23:59:59|
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【ドルアーガ論・12】TODを褒めよう――“ファンタジー”との遭遇

IN ANOTHER TIME
IN ANOTHER WORLD...


 『ドルアーガの塔』の、有名なストーリーの出だし部分である。
 なんとなく、映画『スター・ウォーズ』の有名な序文「A long time ago in a galaxy far,far away....」を想起させるが、デモ画面で表示されるわずか13行のストーリーに、当時のプレイヤーの誰もが魅入られ、さまざまに想像を膨らませたのは『スター・ウォーズ』と同じ…としても過言ではない。


 このゲームが今もなお根強い人気を誇っている大きな理由に、そのストーリーが挙げられるのは異論のないところだろう。
 当時公開されたストーリーは、大まかに書くとこのようになる。

 ――今とは別の時間、別の世界。人々は神を敬い、愛と戦いの女神・イシターに仕える巫女の信託により、王国は栄えていた。
 空の神アヌは天上界に“ブルー・クリスタル・ロッド”を置き、その輝きが愛と平和をもたらしていた。

 しかし、“ブルー・クリスタル・ロッド”を狙った帝国が王国に攻め入り、王国は壊滅。帝国は天上界の“ブルー・クリスタル・ロッド”に届くような塔を造りはじめ、塔が高くなるにつれ“ブルー・クリスタル・ロッド”の光が遮られ、王国にロッドの輝きが届かなくなってしまう。
 そして、女神イシターに封印されていた悪魔“ドルアーガ”が、復活を遂げてしまった。

 アヌ神は帝国を戒めるべく、雷を落として塔を崩落させる。そして、神々は人間を見限ってしまう。
 その隙にドルアーガは、その魔力で塔を修復し、天上界から“ブルー・クリスタル・ロッド”を盗み出し、塔の崩落で死んだ帝国軍の軍勢を、モンスターとして塔の中に放ち、“ブルー・クリスタル・ロッド”を封印して塔にたてこもった。

 王国の王子・ギル(ギルガメス)と、巫女・カイは恋人同士であった。
 ギルは奴隷となり、塔建造の人夫として働かされていたが、塔の崩落時に岩の下敷きとなってしまう。王国の再建を目指す二人を、唯一見守っていた女神・イシターは、カイに魔法のティアラを授け、ドルアーガを倒すために塔へ遣わせた。
 しかし、カイはドルアーガの魔力に屈し、捕らわれの身となってしまった。

 ギルはおおいに嘆いたが、その声を聞いたアヌ神は、ギルに勇気を力に変える黄金の鎧を授けた。
 ギルは、カイを救い、“ブルー・クリスタル・ロッド”を天上界に戻すため、ドルアーガの塔へ挑んで行く――


 この物語(実際にはもっと細かい)は、当時のナムコ発行の季刊誌「NG」に掲載され、のちにゲーム雑誌や攻略本でも紹介されることとなる。
 遠藤雅伸の前作となる『ゼビウス』において、シューティング・ゲームのバックボーンにSF小説「ファードラウト」を書き上げたことは、当時すでに話題となっていた。
 そして、この『ドルアーガの塔』においても、それまでのゲームとは比較にならないほど濃密な世界が詰め込まれていたのである。

 「お姫様がさらわれた。あなたは勇者になり、お姫様を助けよう」という、ありきたりな定型に到底収まりきらないストーリー。
 『ゼビウス』の世界に多くのプレーヤーが惹き込まれたのと同様に、その背景に広がる広大な世界に、またしても多くの人々が魅入られることとなったわけだ。


 また、このゲームのポスターが『ドルアーガの塔』という世界に惹き込むための、強烈な色香を放っていた。
 ジオラマとイラストを組み合わせた、アメリカン・コミックスのようなデザインは、あのドット絵から想像を膨らませるに十分過ぎるほどの燃料となった。
 とりわけ、ポスターの左下で救いを待つカイのイラストに、どれだけ多くのプレイヤーが奮い立たされただろうか。

 さらに、さりげなくゲームの進行方法が学べるようになっているなど、単なるゲームの告知に留まらない洗練された優れたデザインが、ひときわ異彩を放っていた。
 同デザインは、ナムコ製グッズの下敷きやポストカードにも使われ、ナムコ直営店にて販売されていた(また前述のNG誌でも通信販売を行っていた)。これらはコレクターズ・アイテムとして、現在も復刻版が登場したり、当時の品物がオークション・サイトで高値で取引されるなど、根強い人気がある。

 また、ポスターの右下に何気なく書かれた文字「TO BE CONTINUED」…これは「つづく」という意味。
 つまり、このゲームはこれで終わりではない、やがて何らかの形で続きがある…それはゲームとしての続編かもしれないし、小説など他のメディアに場を移すのかもしれない。
 あるいは…という風に、わずか十数文字の言葉に、プレイヤー達はさまざまな可能性を議論し、夢を膨らませた。


 そして、この物語は多くのプレイヤーにとって、“ファンタジー”という世界に触れる端緒ともなっている。
 1984年当時、いわゆる「剣と魔法の世界」を舞台にしたゲーム『ウィザードリィ』『ウルティマ』『ダンジョンズ&ドラゴンズ』などは、日本でもプレイされてはいた。しかし、それらはごく一部の限られた趣味人による、極めてマニアックな遊びに留まっていた。
 「剣と魔法の世界」は西洋のおとぎ話でしかなく、『ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)』も今とは比べものにならないほど、マイナーな存在に過ぎなかった。

 そこに遠藤雅伸が、バビロニア神話を元に西洋ファンタジーのテイストを存分に盛り込んだ、独自の設定による“ファンタジー”を構築。
 それは当時のプレイヤーたちに、ギリシャ神話とも異なる幻想的な世界を垣間見せ、カルチャーショックを与えた。
 後に続編でさらなるストーリーが紡がれ、やがては“バビロニアン・キャッスル・サーガ”という神話となり、多くの人々に篤い支持を受けた。
 さらには2008年という世の中に、原典の発表からじつに24年後もの歳月を経て、地上波アニメやオンラインRPGというメディアに至ったのは、その練り上げられたストーリーや世界に由るところが大きいと言えるだろう。


 『ドルアーガの塔』が世に出てから、すでに四半世紀が過ぎた。
 忘れ去られたゲーム、「名作だったなぁ」としみじみ振り返るゲームは数あれど、『ドルアーガの塔』は今もって熱狂的なファンたちに、深く愛され続けている。

 こんな作品、そうはないだろう。

  1. 2011/06/29(水) 23:59:59|
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【ドルアーガ論・11】TODを褒めよう――『ゼビウス』に続くもの

 『ゼビウス』の遠藤雅伸が、満を持して発表した作品第2弾。
 それが『ドルアーガの塔』だ。

 ゲームに新風を吹き込ませた黒船が放つ、次なる作品とはいかなるものか。『ゼビウス』に魅せられたファン達は、こぞって塔に挑み始める。
 ゲームは中世の騎士のようなキャラを動かして、塔を昇っていくゲーム。
 前作『ゼビウス』とはうって変わって、アクションゲームになっている。ボタンはわずか1個で、ジャンプも出来なければボタンの組み合わせで多彩な攻撃、という要素もない。


 最初の1~3階で、おおよそこのゲームの趣旨は理解できる。
 剣を出しながら敵に向かって歩くと、敵を倒せること。カギを取ってから扉に向かうと、その面がクリアできること。そして、敵を何匹か倒すと、宝箱が出現し、それを開けるとアイテムが手に入ること。
 だが、4階からは「敵を倒す」ことが宝箱出現のトリガーにならず、「カギを取らずに扉を通過する」という条件に変わる。マジシャンという見慣れぬ敵と相まって、このゲームがそう簡単に済むようなゲームではないことが、ここでわかってくる。

 そして階を進むにつれ、見慣れぬ敵が次から次へと現れる。
 呪文が炎に変わる緑色のマジシャン、いかにも強そうな黒い戦士、そして色が違うだけかと思いきや、突如呪文を吐いてくるスライム。敵の多種多様さに、底知れぬ奥の深さを肌で味わうことになる。
 さらに、宝箱の出し方も、徐々に一筋縄ではいかないものになってくる。とりわけ7階の「1階で取ったツルハシを壊す」というものは、半ば度胸試しに近く、13階の「途中で扉を通過しつつ敵を全滅させる」は、「扉を通過する」でも「敵を全滅させる」でもない、いわば複数の条件が絡み合ったものだ。

 そんな複雑怪奇な塔を、攻略情報を慎重に積み重ねつつ登っていく…『ドルアーガの塔』とは、そういうゲームだったのだ。


 このゲームを構成する柱は、大きく3種類に分けられる。

 ひとつは「アクションゲーム」
 これは単純に、剣を出して敵を倒すことの爽快感を指す。また、剣を出してはいけない状況が存在するため、堪え忍ぶ鬱屈とそこからの解放が、爽快感を増幅させてくれる。
 さらに、そこに「宝箱を出現させるための条件をクリアする」という命題が与えられ、それが「戦略を練る」というゲームとしての“深み”を醸し出してくれるのだ。

 もうひとつは、「ロールプレイングゲーム」
 階が進むにつれ、どんどん強くなっていく敵。それを、各種アイテムにより操作キャラクターを強化していき、その積み重ねによって困難を打破することで、今までとは異なる達成感が得られるわけだ。
 たまに上層階に序盤のザコ敵が出現することがあるが、これは強くなった操作キャラクターがザコ敵を一瞬にして屠ることで、自身が強くなったことを実感させるための配慮なのかもしれない。

 そして、最後のひとつは「謎解き」
 各階で宝箱を出すための条件を探るための、いわば開発スタッフとの、ひいては遠藤雅伸との“知恵比べ”だ。


 この謎解きが、マニアにとっては大いなる試練と化した。
 前述の通り、序盤は宝箱の出し方もまだ素直なものだが、やがて意図的に試すにはハードルの高いもの、突拍子もない発想のものなどが設定されている。
 その調査や確定には、大変な手間と時間、そして莫大なゲーム料金を要した(これがプレイヤー間での情報交換を促し、初期のゲームサークルの礎となったとされる)。

 しかも、取ったからといって意味のないアイテム、特定のアイテムを先に取らないと正しい結果とならないアイテム、ゲームクリアに必要不可欠なアイテムなど、その種類も千差万別。
 出し方も謎なら、アイテム自身の効果も謎であった。

 『ゼビウス』の場合、いわゆる隠しキャラであるソルやスペシャルフラッグは、その知識があればゲーム進行やハイスコア争いに有利になることこそあれ、ゲーム進行に「必須」というわけではなかった。
 ところが、この『ドルアーガの塔』では、そうした隠しキャラが「必須」なのである。
 隠しキャラの知識がなければ、ゴーストは壁をすり抜けるときにしか姿を見せず、壁も見えず、カギも扉も見えず、やがてはどんなに天運が味方しても、59階に立ちはだかる悪魔を倒すことは叶わない。まさに不条理きわまりないゲームなのだ。


 しかし、このゲームは高いインカムを稼ぎ出し、果ては当初予定の『マッピー』基板のROM交換では足らず、新たに基板を生産するまでに至った。
 遠藤曰く「ROM交換のC級作品」でしかないこの作品が、結果としてプレイヤーに多大なる支持を受けたのは何故か。

 それには、紛れもなく『ゼビウス』が世に与えた“遠藤雅伸作品”のイメージが貢献しているだろう。
 前作『ゼビウス』という作品は、ゲームの中には底知れない“世界”が秘められていることを、我々に教えてくれた。単なるキャラクターを動かして敵を倒して…という遊びの原則に留まらない、何かがそこにある。
 その「何か」が何であるか余人には窺い知れぬ、いわば“奥底が知れないことの恐怖”が、プレイヤーを強く惹きつけた結果となったわけだ。

 そうした「実績」と、現に目の前の『ドルアーガの塔』で示されている数多の「謎」が、プレイヤーに『ゼビウス』と同等の(あるいは異質の)魅力に映ったと言えるだろう。
 それがどんなに不条理であったとしても、『ゼビウス』を経たプレイヤー達にとっては、「解き甲斐のある謎」になるわけだ。

 逆に言うと、『ゼビウス』より先に『ドルアーガの塔』が発表されていた場合、世の中はどうなっていたことだろうか。
 ナムコ黄金期の名声も、遠藤雅伸が後に独立に至ったのも、果てはバビロニアン・キャッスル・サーガの行方も、今とはずいぶん違ったことになっていたことだろう。
 それくらい『ゼビウス』という作品は、『ドルアーガの塔』の評価に大きな役割を果たしているとしても過言ではない。


 音楽グループのYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)は、かつて「テクノポリス」や「ライディーン」を収録したアルバム『ソリッド・ステート・サヴァイヴァー』が大ヒットを飛ばした。
 オリコン1位獲得、ミリオンセラー達成、日本レコード大賞アルバム賞受賞などを記録し、小学生にまで名が知られる存在となった。

 その後、ワールドツアーやライブアルバムなどを制作し、いずれも余勢を駆ってヒットを記録する。その一連の「実績」の後で、問題作とも言える『BGM』をリリースしたのだ。
 暗く重い雰囲気は、『ソリッド・ステート・サヴァイヴァー』に見られたわかりやすいポップさとは正反対とも言える内容だった。
 後にYMO作品で一、二を争う傑作とまで呼ばれるこの作品、リーダー・細野晴臣の弁によると「売れた後だからこそ、やりたいことができた」というもの。
 この「故意犯」とも言うべき発想、まさに『ドルアーガの塔』と重なるものがあると言えるのではないだろうか?

 結果的に、ゲームとしては特殊な作品になったものの、三部作で構成されたストーリーを世に出した時点で、まさに「やりたいことができた」と言える。
 『ゼビウス』で大いなる実績を手にした遠藤雅伸が、それを盾にして思うがままに創り上げたゲーム、それが『ドルアーガの塔』なのだ。


 さて、今回引き合いに『ゼビウス』を出したが、これもあくまで人気を集めたことの「切っ掛け」でしかない。
 『ドルアーガの塔』の魅力は、やはりその内容の先進性であり、過去に類を見ない仕掛けの数々である。

  1. 2011/06/28(火) 23:59:59|
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【ドルアーガ論・10】TODを褒めよう――その前に遠藤雅伸を褒めよう!

 前回、『ドルアーガの塔』を褒め称えるために、どうしても避けて通ることのできない『ゼビウス』を褒め称えた。
 なぜ避けて通ることが出来ないのかはさておき。
 今回は“創造主”とも言うべき、遠藤雅伸について書いてみる。


 遠藤雅伸は1981年ナムコに入社。
 当時開発中だったシューティングゲームのプロジェクトを引き継ぎ、1983年に『ゼビウス』として世に送り出した。
 驚くことにゲームはこれが処女作で、それでありながら当時世の中に与えたカルチャーショックは、多大なものがあった。

 『スペースインベーダー』ブームの収束以後、風営法の改正もあって、ゲームが世間の耳目を集める機会は数少なくなっていった。そんな中、『ゼビウス』が果たした役割は大きい。
 「新人類」と当時呼ばれた、旧来の既成概念に囚われない若者が増えたこと、また世がいわゆる“マイコンブーム”を迎えており、コンピュータという存在が身近になってきていたという下地もある。
 だが、この作品のエポックメイキングさが、世の中の注目を集める直接的な原因であったことは、間違いない。

 例えば、NHK教育の若者向け深夜番組『YOU』(司会:糸井重里)をはじめ、各テレビ番組に『ゼビウス』とともに「ゲームデザイナー」遠藤雅伸が出演。当時は“新人類の旗手”とまで呼ばれ、その発想や発言はインタビューやコラムを通じて広まり、話題を呼んでいた。
 さらに、当時大人気を誇っていた音楽グループ・YMOのリーダー、細野晴臣との交友も生まれるなど、80年代の文化に与えた影響は少なくない。
 細野は後にナムコゲームの楽曲を集めたアルバム『ビデオ・ゲーム・ミュージック』をプロデュースし、それがゲーム音楽のアルバム化の嚆矢となったわけだから、この分野も大元をたどれば遠藤および『ゼビウス』が発端となったわけだ。

 後日、ナムコを退社し独立してからは、いよいよ多方面にわたり活躍。
 ファミコン用ソフト『機動戦士Zガンダム ホットスクランブル』では、「遠藤雅伸、Zガンダムに命を吹き込む」というキャッチコピーとともに、本人がひたすらプログラミングを続けるという内容のテレビCMまで放映された(つまり、当時は「Zガンダム」のブランドと「遠藤雅伸」のブランドは、少なくともゲームプレイヤーに対しては双璧と考えられていたと言えよう)。
 またゲーム・ミュージックのアルバム『ハドソン・ゲーム・ミュージック』ではピアノを弾き、アニメ雑誌などでインタビューや対談が掲載されるなど、多方面にわたる活躍を見せていた。


 ただし、当然のことながらあれだけの作品を、全て一人で作り上げたわけではない。
 多くの人々のアイディアや助けを借り、『ゼビウス』が出来上がったことは、言うまでもない。
 細野との交友も、前衛音楽を得意とする慶野由利子(代表曲『ディグダグ』『フォゾン』『ドラゴンバスター』etc.)によるあの優れたBGMがなければ、ひょっとしたら生まれていなかったかもしれない。「多くのスタッフを代表しているだけです」とは、かつて某巨大掲示板での本人の弁である。

 しかし、やはりその核心を創り上げたのは、紛れもなく遠藤である。
 その異才ぶりは、これまでのインタビューや掲示板での本人のコメントを見れば、一目瞭然であろう。単なるSFマニアやプロジェクトマネージャーではないのだ。


 また、ゲームの制作者が、ここまで各メディアに露出し、その言動が注目されたことは、未だかつてないことであった。
 『スペースインベーダー』の西角友宏、『パックマン』の岩谷徹など、当時の世間一般にも名が知られたゲームの開発者は、まったくもって知られていなかったのだ。
 もちろん、それらのゲームが発売された時期とは状況が違っていたのかもしれないが、それでも“ゲームデザイナー”という肩書きを名乗り、ゲームを作る側に目を向けさせた功績は大きい。

 この後、『ドラゴンクエスト』を大ヒットさせた堀井雄二や、ビッグマウスぶりで話題を集めた飯野賢治、“スーパーマリオ”の生みの親・宮本茂など、単体でも名が広く知られるゲームデザイナーは増えていった。
 だが、そのパイオニアと言えば、間違いなく遠藤雅伸になる。


 このように、ゲームのみならずその周辺においても、『ゼビウス』、ひいては遠藤雅伸がもたらした影響は、計り知れない。
 これが今もって、遠藤が多方面から多大なるリスペクトを集め続けている要因のひとつだろう。

 ゲームデザイナーとして一躍名を上げたとなると、必然的に次回作に注目が集まる。
 その頃の遠藤本人の状況は、『ドルアーガの塔』研究室内・邪神の啓示に詳しいが、次なるCPUへの対応のため勉強がてらゲームを試作しつつ、当時頭に浮かんでいた壮大な三部作ストーリーを纏めていた。

 プロトタイプであった作品を見た上司から製品化を打診されるも、ストーリーを三部作の最初から見せたいとした遠藤は第一作目の制作を提案。結果的にはそちらでゴーサインが出る。
 当時インカムが落ちていた『マッピー』の基板を用い、世に出回っていた基板2000枚のROMのみを差し替えることで、生産コストを下げるという手法を考案。さらに早くからアイディアが固まっていたためか、開発は驚くほどスムースに進み、わずか半年で遠藤雅伸の“次回作”は完成した。


 それが、『ドルアーガの塔』である。

  1. 2011/06/27(月) 23:59:59|
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【ドルアーガ論・9】TODを褒めよう――その前に『ゼビウス』を褒めよう!

 ゲーム発売から20年以上経過た2008年、アニメーションやオンラインゲームになるなど、休息に再び注目が集まってきた『ドルアーガの塔』
 では、なぜ今になって、このような再評価がされてきたのだろうか?
 近年、こうした新しいメディアから『ドルアーガの塔』という名を知ったため、そもそもの元となったゲームのことを知らない人たちも数多く存在する。

 そこで、一度原点に立ち返り、『ドルアーガの塔』とは一体どのようなゲームだったのか、あるいはどのようなムーブメントだったのか。満身の愛をもって、このゲームの説明をしてみたいと思う。


 とはいえ、このゲームについて説明する前に、触れておかねばならないゲームが存在する。
 それが1983年に発表された、縦スクロールシューティングゲーム『ゼビウス』だ。

 『ゼビウス』の前年までに発表されたナムコゲームは、日本はもとよりアメリカでも大ヒットした『パックマン』を筆頭に、『ギャラクシアン』『ラリーX』『ギャラガ』『ボスコニアン』『ディグダグ』『ポールポジション』といった、いずれも高い評価を得た作品ばかり。
 その独創的なゲームの数々から、プレイヤーの間にも“ナムコ”という名前の認知が広がり、まさに輝ける黄金期が幕を開け始めた時期だった。


 そんな中に登場した新作『ゼビウス』は、さまざまな部分で従来のゲームと、あまつさえそれまでのナムコ作品からすら、一線を画する大変画期的なものだった。

 まず、中間色を多用した美しいグラフィック。それまでのナムコゲームに見られたキャラクターのカラフルさは一切なく、灰色のグラデーションを用いたグラフィックで、無機的かつ立体的なキャラクターを作り出すことに成功。
 また、「空中物と地上物の撃ち分け」というアイディアは、常に目新しさが求められるシューティングゲームにおける一つの革新的要素であった。
 さらに、巨大ボスの先駆けとも言える「アンドアジェネシス」は、その過剰とも言える攻撃と威圧的な効果音も相まって、プレイヤーに恐怖感を植え付け、征服欲をかき立てた。

 そして、非常に重要なのが「隠しキャラクター」
 「ソル」「スペシャルフラッグ」のふたつの隠しキャラは、「プレイヤーが特定の操作をすることで、公にはなっていない仕様上の現象が起きる」という概念を、ゲーム史上初めて生み出した。
 その有用性(ソルは出現で2000点・破壊で2000点と得点が高く、スペシャルフラッグは自機が1機増える)もあって、プレイヤーは競うように隠れた場所を捜索。その「隠しキャラの出現場所を知っている」という知的優越感は、やり込んだプレイヤーに新たな悦楽をもたらした。

 また、そこからプレイヤー間の情報共有、同人誌『ゼビウス1000万点への解法』の発行といった、新たなるコミュニティの礎にもなったことは、副産物的効果と言えるだろう。


 しかし何より、『ゼビウス』最大の特徴と言うべきものが、“謎”だ。

 『ゼビウス』のキャッチコピーは、「プレイするたびに謎が深まる」というものだが、この“謎”は前述した隠しキャラクターのことに限らない。
 中空を回転しながら飛来し、いかなる攻撃も不思議な音を立てて防いでしまう「バキュラ」。
 前述したアンドアジェネシスを倒すと、中心部から上空に消え去る謎の物体「ブラグザ」。
 マップに突如現れる、巨大な「ナスカの地上絵」。
 何かを告げに現れ、去っていく「シオナイト」etc.…

 これらはゲームが稼働した当初、本当に“謎”であり、どういう意味や意図があるのかがさっぱりわからなかった。
 わからなかったからこそ、プレイヤーの想像力を大いにかき立てた。
 それがゆえに、本来仕様である現象や画面表示、単なるバグでさえもが、この“謎”の一部として様々な憶測を呼び、また数多の都市伝説を生み出すこととなった。

 やがて、ゲーム雑誌でその奥深い世界設定の数々が明るみに出ると、プレイヤー達は『ゼビウス』が、今まで出たゲームとは何もかもが次元が違うことを、改めて思い知らされたのだ。
 単なる“謎”ではない、意味のある、名前もある、何らかの意図のある“謎”
 単なる遊びの道具でしかなかった「テレビゲーム」というメディアが、それ以上のものに、いや他のメディアを遙かにしのぐ、全く新しい次元のエンターテインメントになるのではないか…『ゼビウス』は、そんな未知なる可能性をプレイヤー達に知らしめ、プレイヤー達はその予感に胸を躍らせた。


 ゲームは所詮ゲームでしかない、などという枷は、一体誰が嵌めたのだろうか。
 この『ゼビウス』というゲームは、きわめて高密度・高水準にあるシューティングゲームという表の顔と、数々の謎や知られざる世界設定を秘めた物語の一端という裏の顔を、同時に持ち合わせている。
 ゲームの完成度の高さが“謎”を活かし、そして“謎”がゲームに底知れぬ奥深さを与えるという、相互に魅力を増幅し合う関係となっているのだ。

 ブロック崩しに始まったテレビゲームは、『スペースインベーダー』でプレイヤーに能動的な自由が与えられ、『パックマン』で頭脳を持ったかのような敵が登場して、より遊びとしての醍醐味が増していった。
 そしてこの『ゼビウス』の登場が、テレビゲームに新たな方向性を指し示したとしても、決して過言ではない。


 やがて、このゲームを通してとある人物が、一躍名を知られることとなった。
 その者の名は、遠藤雅伸
 世界で初めて、“ゲームデザイナー”と呼ばれた男である。

  1. 2011/06/26(日) 23:59:59|
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【ドルアーガ論・8】『ザ ブルークリスタルロッド』が目指したもの

 1993年の事だったと思う。
 ファミ通(当時はまだ「ファミコン通信」)に、ドルアーガシリーズの新作『ザ ブルークリスタルロッド』の速報が掲載されていたという一報を、友達から聞かされた。

 当時の記事を保存しておいたわけではないので、その内容もだいぶうろ覚えのものとなってしまった。
 記憶に残っているのは…いわゆるサウンドノベルのようなアドベンチャーゲームであること、ゲーム中のグラフィックが篠崎雄一郎氏の原画がふんだんに使われたものであること、そして当時のトップハードで円熟期を迎えていたスーパーファミコンで発売されるということ。
 とはいえ、翌年にプレイステーションとセガサターンが発売されているので、当時すでにそれらの情報は出ていたような気もするが…。

 発売はその翌年(1994年)。つまり、1984年に『ドルアーガの塔』が発売された10年後の節目となるのだ。
 これは否が応でも、期待が高まるところだろう。


 そして発売されたゲームは、賛否両論を極めた。
 厳密には、「否」の声の方が多かったと見ていいだろう。

 ゲーム内容は、ギルとカイがいかにしてブルークリスタルロッドを天界に返しに行くかが、さまざまなエピソードで語られるもの。その進め方により、シナリオや結末が異なってくるわけだ。
 しかし、そこで語られる内容は、いわゆるアドベンチャーゲームの感覚で見ると極めて情報量が少ない。
 各地の迷路などを進んでいった先に、何らかのイベントが発生し、そこでちょっとした会話を交わすと「もうここに用はないはずだ」と追い返される。そしてバビリムの街に戻り…を繰り返していくのだ。
 そして、そうしたやりとりを3~4回繰り返すと、もうシナリオは終わりを迎える。

 ひとつのシナリオの開始から終了まで、慣れてなければ1時間ほど。
 要領をつかんでしまえば、やることは基本的にどのシナリオでも変わらないので、慣れれば30分もあれば1シナリオの結末が見られることになる。


 ゲームとしての「否」の声は、この「ゲーム性の低さ」に起因するものが多いと思われる。
 当時流行のサウンドノベルに比べると、何度もプレイする必要があるという共通点があるぶん、どうしても「遊び心」という面では見劣りする。
 ただ、これは逆に「何度も遊ぶ」という点ではゲームの解法に意識を持っていく必要がなく、純粋にシナリオを楽しめるという点では、むしろ適切なのかもしれない。


 そしてそのシナリオに関しても、これまたプレイヤーを選ぶものであった。
 予備知識のないプレイヤーのために、タイトル画面で「プロローグを見る」という項目を選ぶと、それまでのストーリーが画像付きでダイジェストとして説明される。それで最低限の知識は得られるが、「知識として知っている」のと「思い入れがある」のとでは、各シナリオを見ての感想(というより感慨)も違ってくるだろう。

 このゲームには、48種類のシナリオがある。
 その中には、王道を行くハッピーエンドから、かなり衝撃的なものまで用意されている(後者はそのぶん、かなりひねくれた選択肢を選ばないと見られないが)。もちろん、好きなシナリオもあれば嫌いなシナリオもあるだろう。

 遠藤雅伸氏いわく「何も考えず自然にたどったシナリオが、その人にとってのBCSの結末と思ってほしい」とのことであった。それがゆえの、48ものシナリオなのである。
 ちなみに、セーブ可能ヵ所は50ヵ所にも及ぶので、エンディング手前でセーブしておけば全てのエンディングをいつでも見られることになる。


 この作品は「ゲーム」というより、「ファンソフト」と表現した方がいいかもしれない。
 プレイステーションやセガサターンが全盛期を迎え、CD-ROMによるゲーム供給が標準的なものとなってからは、いわゆる「ファンディスク」の存在も認知されていった。特定のゲームのファンに向けて作られ、貴重な資料集やミニゲームなどを収録した、まさにファンのための作品。

 そしてこの『ザ ブルークリスタルロッド』は、ゲームを簡素化してまで、ファンに向けた48ものシナリオを詰め込んだ作品と言ってもいいだろう。
 これこそCD-ROM時代に先駆けた、早すぎる「ファンソフト」だったのではないだろうか?
 もし仮に、このソフトのリリースがあと1~2年後ろにシフトしていたら、あるいは次世代機でのリリースになり、内容ももっと違ったものになり、もっと違った評価を受けていたのかもしれない。

  1. 2011/06/25(土) 23:59:59|
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【ドルアーガ論・7】「移植」の歴史とPCエンジン版の衝撃

 1992年6月、PCエンジンにおいて『ドルアーガの塔』が発売された。


 ここで、昔の家庭用ゲーム機への移植について語っておきたい。

 ゲームの移植というのは、とくにファミコンにおいては取りも直さず「アーケードゲームの移植」のことであった。
 ファミコン初期のタイトルである『ドンキーコング』や『ポパイ』、そしてナムコ参入時のタイトルも当初ほとんどがアーケードからの移植作で占められていた。
 その後、長いファミコン時代(とファミコンへの苦難に満ちた移植時代)を経て、PCエンジンやメガドライブ、スーパーファミコンが登場。家庭用ゲーム機の表現力は一気に高まり、そこでも再び最新アーケードゲームの移植が重要なキーポイントとなっていた。

 だが、おもに移植されるのはあくまで最新の、もしくは大ヒットしたアーケードゲームである。
 表現力が高まったのであれば、昔のアーケードゲームなら完璧に移植できるハズ。
 しかし、それでもPCエンジンの『ドラゴンスピリット』、スーパーファミコンの『ファイナルファイト』など、多少無理をしてでも新しいゲームを移植する、という流れはファミコンの時代と変わりはなかった。

 もちろん、やがて開発技術の向上により、新しいゲームの移植でも再現度が格段に上がり、名移植も多く生まれた。
 しかし、「新しいアーケードゲームを移植することがユーザーの求めること」という風潮は、ずっと変わらず続いていたのだ。


 その一方で、PCエンジンなどにおいても、「ちょっと昔のヒットゲーム」を移植する動きが徐々に出はじめた。
 その先鞭とも言えるのが、1989年にPCエンジンに移植された『パックランド』だろう。
 グラフィックはもちろん、BGMの音色がナムコの当時の音源とよく似ており、移植度は素人目に見て非常に高かった。ゲーム雑誌でも、5年前のゲームの移植という「古さ」を批判するのではなく、その再現度の高さを賞賛する評価が多く見られた。
 そうした流れは、やがて他メーカーにも波及し、のちにプレイステーションにおける「ナムコミュージアム」シリーズで開花。「最新のハードで昔のゲームを懐かしむ」という楽しみ方が、メーカーにもユーザーにも定着することになる。


 さて、その流れの真っ最中、1992年に登場したのがPCエンジン版『ドルアーガの塔』である。

 この移植はPCエンジンの円熟期に行われ、またそれまで『源平討魔伝』などの移植もあったことから、アーケード版の忠実な移植作になるものと思われた。
 やがて雑誌などで公開された画像では、美麗に進化したグラフィックやデモ画面でヒントをくれるイシター様(『カイの冒険』と似たような構図)などが判明し、果たしてどのようなものになるのか期待も高まった。

 …しかし、実際にプレイしてみると、迷路の構成は縦横比が同一になり、さらに宝箱の出し方やアイテムなども異なるものとなっていた。
 また、ギル自身のパラメータを設定できたり、IIボタンでアイテムを使用するなど、随所に新しい要素が取り入れられている。反面、期待した「アーケードの移植」はなく、良きにつけ悪しきにつけ“リメイク”という表現がもっともふさわしい作品となった。

 もちろん、90年に『ドルアーガの塔』の関連作品がリリースされること自体、すでに異例ではあったので、そこは喜びたいところ。
 だがしかし、あのゲームの再現を求めた人々には、逆に肩すかしを食った内容であったとも言える。


 この作品は遠藤雅伸氏の入魂作で、「本来『ドルアーガの塔』はこんなゲームにしたかった」という思想のもと作られた作品である。
 それはゲームシステムなどにとどまらず、バビロニアン・キャッスル・サーガという、この一連のシリーズにおける基本設定においても、であった。
 つまり、『カイの冒険』とともに重要な設定を『ドルアーガの塔』というタイトルで再定義した、という意味でもリメイク作品なのである。

 とりわけ、単なる“偽イシター”としての役割しか与えられていなかったサキュバスを、ドルアーガの暴走を止める重要なキーポイントして定義づけた点は、元々の『ドルアーガの塔』とは最も大きな相違点といえよう。
 この作品までで固められた設定が、次の『ザ ブルークリスタルロッド』におけるバビロニアン・キャッスル・サーガの完結において、ギルの運命を左右する要素となったのである。


 余談だが、このPCエンジン版のパッケージに描かれたロゴは、「THE TOWER OF」の文字が中央のクオックスのシルエットよりも大きくはみ出し、さらに文字色が黄色く(フチのみ赤のまま)変化した。
 このロゴが、現在のバンダイナムコにおける公式なロゴとなっており、PSP版『ナムコミュージアムVOL.2』などでもそれが確認できる。


  1. 2011/06/24(金) 23:59:59|
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