『ドルアーガの塔』研究室 管理日報

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函館ゲーセン・メモリーズ【6】ハイテクランドセガ五稜郭店

五稜郭」と言えば、函館でも有名な観光スポットである。
そして、地元民にとっては史跡や公園から少し離れた交差点と、その近辺を含めて、“函館第二の繁華街”とも呼ぶべき場所なのだ。

函館の繁華街は、大きく分けて「駅前」「五稜郭」「美原」の3地区になると思われる。
老舗デパートの棒二森屋を中心に、アーケードに専門店が並ぶ函館駅前地区。
以前も触れたイトーヨーカドー長崎屋により賑わいを見せる美原地区。
そして、同じ老舗デパートの丸井今井を核として、若者向けの店が並ぶのが五稜郭地区だ。
五稜郭は近くに高校がひしめいていたこともあり、学校帰りの高校生が立ち寄るレコード屋や洋服屋、本屋やファーストフードなどが軒を連ねていた。


五稜郭公園のすぐ近くにあったのが、ハイテクランドセガ五稜郭店だ。

この店と最初に遭遇したのは、小学生だったか中学生だったか。
五稜郭公園のそばにある美術館に連れて行かれ、その帰り道に店舗の大きなガラス越しに、アフターバーナーのダブルクレイドル筐体を発見したのだ。
当時、『アフターバーナー』といえばシングルクレイドル筐体でしか遊んだことが無く、雑誌でしか見たことのない巨大なコックピットを見て、興奮したことを覚えている。
そうか、あんなところにあったのか…。


その後、首尾良く志望校に合格し、高校生活が始まると、同店にはほぼ毎日のように通い詰めた。
当時の店内は、下図のようなレイアウトだったと思う。

ハイテクセガ五稜郭店店内図

店の自動ドアをくぐると、階段を数段下がって広いスペースの中央に、円筒形のUFOキャッチャー『ドリームキャッチャー』が置かれている。
右手の壁には、大型筐体がズラリと並んでいた。一番入口近くにあったのが、前述の『アフターバーナーII』。ほかには『サンダーブレード』があったのを覚えている。
入ってすぐ左には店員のいるカウンターがあり、そのそばにはさほど大きくない大型筐体ゲーム、初めて見た時は『ヘビーウェイトチャンプ』が置いてあった。その奥の荷物置き場にカバンを放り、自販機でジュースを買ってゲームに勤しむのがお決まりのパターンだった。

店内のテーブル筐体は、当時のセガの汎用的な銀色の筐体だった。スピーカーが1プレイヤー側にあり、黄色いスタートボタンが特徴的である。
それとは別に、壁ぎわにはモニタが斜めに据え付けられたシティ筐体が並んでいた。当時はまだゲームの方がテーブル筐体向けの内容が中心であったため、この筐体には『タイムスキャナー』のような特殊なコンパネのゲームの他は、おもに麻雀ゲームで埋められていた。

荷物置き場や自動販売機の並びには、セガの最新型のテーブル筐体エアロテーブル筐体が2台設置されていた。
従来のテーブル筐体よりも大型のモニタ、コンパネ横に用意されたヘッドホン端子、モニタの横に大きく迫り出したスピーカーの上には、インストラクションカードを背中合わせにして差しこむ、回転式のボードが用意されていた。
入っていたゲームは、たしか『スクランブルスピリッツ』『ソニックブーム』だったか。

余談だが、このエアロテーブル筐体と、斜めモニタのシティ筐体が合わさったのが、後に世を席巻するエアロシティ筐体
「アストロシティ」「ブラストシティ」といった“汎用筐体”を生み出す、アーケードゲーム筐体史を語る上で欠かす事のできない存在と言える筐体だ。


閑話休題。
このお店には、本当にたくさんの思い出がある。

ここで一番お金を注ぎ込んだゲームは、データイーストの『スタジアムヒーロー』だろう。
当時『プロ野球ワールドスタジアム』も入荷されていたのだが、『スタジアムヒーロー』を選んだ理由はひとつ。「ファイナルセットゲーム」の存在だ。
当時の野球ゲームは、たいてい1クレジット(対戦なら2クレジット)で3回裏までしか遊べず、試合終了まで遊ぼうとすると最低6クレジットかかる。しかし、「ファイナルセットゲーム」は最初から4クレジット投入すれば、試合終了まで遊ぶことが可能。金欠の高校生にとっては、何よりありがたいシステムであった。
仲間内で遊びまくったせいか、少なくとも一年以上は同店で稼働していたと思う。

他には、セガの『エキサイトリーグ』も、単純にトラックボールを使って投球するのが楽しくてしつこくやり込んでいた記憶がある。
セガ系では『ギャラクシーフォース』『テトリス』『忍』『ゴールデンアックス』『スーパーモナコGP』『エースアタッカー』『クラックダウン』『ゲイングランド』『獣王記』『ターボアウトラン』『タフターフ』『DJボーイ』『フラッシュポイント』『レッスルウォー』等々も、このお店で初めて触れたものだった。
一方、なぜかデータイーストの作品もコンスタントに入荷されており、『バーディーラッシュ』『ヘビーバレル』『ロボコップ』『ファイティングファンタジー』『アクトフェンサー』『コブラコマンド』などの姿を覚えている。
さらに、当時大ヒットしていたコナミ『グラディウスII』や、ジャレコの『P・47』『実力!! プロ野球』、SNKの『バトルフィールド』などもあった。
麻雀ゲームは『スーパーリアル麻雀PIII』『麻雀刺客』『七対子』などが記憶にある。そして、一部で異形の作品として有名な危機一髪真由美ちゃんも、記憶のどこかに……?


また、思い出深い出来事も幾つかあった。
いくつかの出来事は、当時ゲーム雑誌への投稿ネタとしても使ったりした。

例えば、当時発売されて間もないメガドライブが、ドリームキャッチャーで人形を獲得すると引けるクジで当たるキャンペーンがあり、カウンターの奥に置かれた残り一台のメガドライブを手に入れるべく頑張ったものの、店員との会話でじつはすでに当てた人が取り置いてるだけで、完全に徒労だったことが発覚したこともあった。
(ちなみに、当時ゲーマーはゲーセンの店員と仲良くなるべし、というゲーム雑誌の刷り込みもあって、よく店員のおじさんたちに話しかけてもいた。)
また、メンテナンスの人が『スーパーモナコGP』の圧縮空気を抜いてしまい、営業中の店内にものすごく大きな音が響きわたった珍事もあった。


そしてこの時期、自分にとって一番大きかったのは、高校でクラスメイトとなった“K”の存在だろう。
山本正之と小森まなみを愛し、自作のDJ風テープを録音するなど多趣味な男だった。当時「斉藤洋美のラジオはアメリカン」を愛聴していた自分とは、たびたび(おふざけで)対立したりもしていた。
さらに、当時ゲームミュージックが趣味となっていた自分にとって、Kは数少ない理解者となってくれたのだ。

Kの協力を得て行ったのが、ゲームミュージックの「生録」だ。
これまでも、小型マイクを筐体のスピーカーに押し当てて、一人でゲームミュージックを録音したことはある。
それがKというパートナーを得たことで、ヘッドホン端子を使うなど録音の精度が向上。さらに録音した音源を、Kがノイズの低減などのミックスを行い、これまでのマイクを通じた雑音まみれの音とは段違いのクオリティに仕上げてくれたのだ。
これで最初に録音したのが、前述の『エキサイトリーグ』。筐体のスピーカーから聞こえる音よりも、当然ながら音がハッキリと聞こえ、今まで耳にしていたものより数段上の重厚なサウンドに、ラジカセの前で興奮したものだった。
Kとのコンビでは、他にも『琉球』などをこの店で生録した。

さらに、この店で自分の中学時代のクラスメイトだったTとばったり再会、声をかけようとしたところ、じつはKとTが小学校時代のクラスメイト同士で、思わぬ関係性に全員が驚いたこともあった。


他にもたくさんの思い出が、この店とともにあった。
そして、この他にも周辺にはゲームセンターが軒を連ね、それぞれの店でまた違った思い出が刻み込まれていくこととなる。
そうした複数の店舗の集合体が、そのまま当時の高校生活の思い出を彩る遊び場として、今も記憶の奥に息づいているのだ。


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  1. 2013/03/16(土) 23:59:59|
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