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『ドルアーガの塔』研究室 管理日報

『ドルアーガの塔』研究室管理人・GILによる、更新履歴だったりつぶやきだったりてきとーに。

東京ドルアーガ事情@5月

5月ですよ5月!
前回の記事をコピペして書いたら、冒頭の文を直し漏らしておりました。恥ずかしい……!

さて、4~5月の1コインクリア状況を。


通算88回目@クラブセガ秋葉原新館

4月20日、クラブセガ秋葉原新館にて通算88回目、同所では通算22回目の1コインクリア。


通算89回目@高田馬場ミカド

4月28日、高田馬場ミカドにて通算89回目、同所では通算28回目の1コインクリア。


通算90回目@クラブセガ秋葉原新館

5月5日、クラブセガ秋葉原新館にて通算90回目、同所では通算23回目の1コインクリア。


通算91回目@高田馬場ミカド

5月10日、高田馬場ミカドにて通算91回目、同所では通算29回目の1コインクリア。


いよいよ通算1コインクリア回数も90回の大台に乗りました。
おまけに90回目は自己最高の131万点でのクリア!

……しかし、携帯電話を機種変更したのですが、それにともない新しくなったカメラに、まだ慣れていないのが悩ましいところ。
ブルークリスタルロッドを立てる前からカメラは起動してるのですが、ロッドを立てた後に体勢を整えて撮影するので、なかなか時間的に厳しかったりします。4月20日がエンディング画面になってしまっているのは、ピント合わせが間に合わなかったせいなのです……。


さて、2ヵ月振りに更新の東京ドルアーガ事情5月版です。

東京ドルアーガ事情@5月


位置はほとんど動いておらず、隣のゲームが替わったぐらいですね。

東京ではいつでもドルアーガの塔が待ち構えておりますので、東京にいらした際には、お近くの塔へぜひどうぞ!


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  1. 2013/05/19(日) 23:59:59|
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函館ゲーセン・メモリーズ【9】函館キャロットハウス(2)

今でこそ、学生も社会人も「週休二日制」が当たり前となってきている。
自分が子どもの頃は、週休二日制ではなく、土曜日にも当たり前のように授業があった。ただし午前中で授業が終わる、いわゆる「半ドン」であった。

最近のアンケートで、昔の子供たちが土曜日も学校があったことに対し、今の子供たちは「かわいそう」と思っているらしい、との結果が出ていた。
だがしかし、それは違う。
午前中で授業を終え、昼休みすらなく学校が終わった時の解放感には、格別のものがあった。
お昼ごはんまで含めて、午後は何をやってもいいという自由。これは丸一日休みのときには味わえない、胸が高鳴るような楽しさがあった。
函館でも冬を除けば自転車通学だったので、友人と連れだって自転車にまたがり、広い青空の下、公園を縦断する気持ちよさは今でも覚えている。


この頃、土曜日の放課後になると、だいたい美原地区に足を運んでいた。
以前も触れたがイトーヨーカドー長崎屋、そして函館キャロットハウスがあるこの一帯は、ゲーム好きの欲求を満たすのに十分すぎるほど充実した環境だった。
イトーヨーカドー地下のフードコート「ポッポ」で昼食を食べ、長崎屋の中古ゲームソフト店「チェリースタンプ」でゲームを物色し、その隣の「ミュージックショップ国原」でCDを探すのが定番コース。余裕があれば、函館名物のパーラーフタバヤのソフトクリームも食べた。
そして、準備を終えたらキャロットへ向かい、そこで心ゆくまでゲームを遊ぶのだ。

当時のキャロットは、まだテーブル筐体がフロアのほとんどを占めていた。
ただ、以前と違って壁ぎわにはモニタが垂直に立てられた、2in1筐体が並べられていた。ここには『ローリングサンダー』『スカイキッド』『源平討魔伝』『ワンダーモモ』などの、やや古いナムコゲームが中心に稼働していた。
テーブル筐体では、『メルヘンメイズ』『爆突機銃艇』『オーダイン』『プロテニス・ワールドコート』『フェイスオフ』『未来忍者』『フェリオス』『ロンパーズ』『ブラストオフ』『ワルキューレの伝説』『ファイネストアワー』『バーニングフォース』『デンジャラスシード』『マーベルランド』『球界道中記』『ピストル大名の冒険』『倉庫番DX』『ドラゴンセイバー』……当時を彩るナムコゲームは、本当に挙げていけばキリがない。
他社ゲームでは、『グラディウスII』(筐体を改造してテーブル筐体の上にステレオスピーカーが置かれていた)『コンバットスクール』『A-JAX』『シティーボンバー』『R-TYPE』『ルナーク』『大魔界村』『天地を喰らう』『ストライダー飛竜』『ドカベン(カプコンの野球カードゲーム)』等々。そういえば、なぜかTADの『カベール』が人気で、わりと長期間稼働していたことを覚えている。その続編の『ブラッドブラザーズ』も置かれていた。
大型筐体は『ウイニングラン』『ダートフォックス』『ウィニングラン鈴鹿GP』『フォートラックス』『ファイナルラップ2』などがあったはず。一瞬だけ『スーパースプリント』が入っていたことも覚えている。以前からあった『ポールポジション』は、気がつけば『3DサンダーセプターII』に生まれ変わっていた。

ここではひとつ笑い話がある。
壁ぎわの2in1筐体に、『リブルラブル』が入れられていたのだが、これがどうやら予想以上のインカムを得たらしい。
たしかに、自分含めけっこうな人が『リブルラブル』をプレイしていた。自分はちょうど当時、苦心して伝説の本「ALL ABOUT NAMCO」を入手し、そこに書かれていた攻略法を試すことができたのだ。
やがて、ここまでインカムがあるなら、となったのだろう。『リブルラブル』は入口のすぐ近くのテーブル筐体に“昇格”したのだ。
ところが、この時ツインレバーに使用したのが、なんと『アサルト』の純正コンパネ。
『アサルト』のツインレバーは、4方向にしか動かせない。これが『リブルラブル』において、いかに致命的なミスマッチであるかは、論を待たないだろう。
しばらくして、結局『リブルラブル』は消えてしまった。自分含め、誰かが店舗に進言していれば、まだ運命は変わっていたかもしれない……。


他にも函館キャロットハウスでは、数え切れないほどの思い出が生まれた。
だがこの頃、ほろ苦い経験もしている。

当時よくここに連れ立って来ていたのは、前にも書いた友人のKだ。
よく二人で遊んだりしていたものだが、函館キャロットハウスには「コミュニケーションノート」が置かれていて、そこにも二人でよく書き込んでいた。
今もゲームセンターによっては、このコミュニケーションノートの文化が残っているところもある。しかし、インターネットで手軽に交流が可能な今とは違い、当時はノートしか手段がなかった。
ノートに自分の思いの丈を書き、しばらくしてまた見ると、自分に対するメッセージが書かれている。当時は、たとえ時間がかかろうとも(むしろ時間がかかるからこそ?)、自分のメッセージがちゃんと読まれ、そこにリアクションがあることが、たまらなく嬉しかったのだ。

そしてこのノートを通じて、函館キャロットハウスを根城にする、ゲームサークルが存在することを知った。
自分の書き込みに返事をしてくれる人が、そのサークルの人のようであった。
もう名前も忘れてしまったが、7~8人くらいのサークルらしかった。うち一人は、当時のゲーム雑誌によくイラストを投稿していた、少し名の知れた方のようだった。
伝聞や仮定で書いているのは、じつはこのサークルの方々とは面識がないからだ。唯一、同サークルが発行した同人誌を購入した時に、サークルの一人と接触したぐらいか。
恐らく、遊んでいる時間帯が異なるのだろう。当時キャロットに行くのはだいたい土・日であったし、しかも生真面目に17時には家路に就いていた。仮に平日や、週末でも夜に活動していたのであれば、遭遇する機会は無きに等しい。


毎週土曜日、友人Kとキャロットのコミュニケーションノートに書く日々が続いたある日。
ノートの文面から、件のサークルが不穏な状態になっていることを知った。理由はもう覚えていないが、メンバー同士で対立しているようだった。
何もノートを使ってケンカしなくても……と思いつつも、前述の通りとくに面識があるわけでもなし、対岸の火事の体でノート越しにその状況を眺めていた。

しかし、ある日そこに思いも寄らぬ文章が書かれていたのが目に入る。
「GILくん、Kくんはウチ側についてもらいたい」

書き込んだのは、ノートで揉めていた人の一人だった。
たしかに、当時ノートを介してのみではあるが、そのサークルのメンバーとは交流があった。
しかし、こちらからサークルに入りたいなどと申し出たことは、一度もない。
そういった状況で、なぜ一面識もない人が、サークルの分裂騒動に我々を巻き込むのだろうか?
正直なところ、戸惑いしかなかった。これで、ゲーム雑誌で盛んに言われていた「ゲーセンで友達を作る」という夢から、醒めてしまったのだ。

以後、そのコミュニケーションノートを開くことは、なかったと思う。


そんなことがありつつも、キャロット通いは続けていた。
そもそもサークルの人々と来訪する時間帯が被らなかったのは、逆に幸いと言えるだろう。
翌春にクラス替えを迎え、Kともさほど頻繁につるまなくなっても、自分一人で週末はキャロットに行き続けていた。

そうして、高校生活の3年間が過ぎていった。


  1. 2013/05/19(日) 19:00:00|
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函館ゲーセン・メモリーズ【8】桃太郎

前回のソアラと、前々回のハイテクランドセガ五稜郭店
この2店舗が、五稜郭では当時人気のゲームセンターだった。

だが、五稜郭にはもう一軒、知る人ぞ知るゲームセンターがあった。
ハイテクランドセガ五稜郭店のすぐ上、ビルの2階にあった桃太郎だ。

なぜ「知る人ぞ知る」なのか。
それは、この店がある時期まで、まったく別業種だったからだ。
その別業種とは、「お好み焼き屋」。もともと「桃太郎」という屋号は、このお好み焼き屋時代からのものなのだ。
一度だけではあるが、お好み焼き屋時代に行ったこともある。ここでは人生で初めて、関西風のお好み焼きを食べた。
とはいえ、当時は昼食代をケチってまでゲーム費を捻出していた時代。お好み焼き屋時代に立ち寄ったのは、結局その一度きりであった。

その店が、いつの間にやらゲームセンターになっていた。屋号は「桃太郎」から変わらず。
元が飲食店と言うこともあってか、道路に面した側は全面ガラス張りとなっており、明るく開放感があった。
ここは「ソアラ」と同じくタイトー系のラインナップで、「ソアラ」同様の白い筐体で埋め尽くされていた。一方、ビルの2階でエレベーターもなく、搬入口もなかったことからか、大型筐体ゲームは一台もなかった記憶がある。
そうした面で、1階のハイテクセガとは棲み分けができていたのだろう。同じビルに違うゲームセンターが入っているというのも、今にしてみると珍しいことではあった。

ここのラインナップは、大型筐体抜きでもタイトーの黄金時代を象徴する、煌びやかなものであった。
『ガンフロンティア』『メタルブラック』『キャメルトライ』『チャンピオンレスラー』『メガブラスト』『デッドコネクション』『ダイナマイトリーグ』『苦胃頭捕物帳』『クイズH.Q.』『ハットトリックヒーロー』『ミズバク大冒険』『プリルラ』『カダッシュ』『キャメルトライ』etc.……。
他社タイトルでは、当時の大ヒット作『ファイナルファイト』などの他は、『ギャルズパニック』『タスクフォースハリアー』など渋めのタイトルが並ぶ。そういえば脱衣麻雀は見なかった気がした。
セガの作品が1タイトルも(『テトリス』ですら)なかったのは、さすがに1階を意識してのことなのだろうか。


ここがオープンしてからというもの、ハイテクセガから歩いて(階段を昇って)十数秒ということもあり、連日のようにハイテクセガとハシゴで通い詰めていた。
この頃のハイテクセガは、今までのテーブル筐体が徐々にエアロシティ筐体と入れ替わり、あわせてカプコンの『ロストワールド』『ストライダー飛竜』『ファイナルファイト』といった人気作が続々と稼働し始め、CPシステムが黄金期に突入したことを強く印象づけていた。
他にはセガの『マイケル・ジャクソンズ・ムーンウォーカー』『ジャンボ尾崎のスーパーマスターズ』『クイズ宿題を忘れました』『所さんのま~ま~じゃん』『ボナンザブラザーズ』『クラックダウン』『エイリアンストーム』、ナムコ『超絶倫人ベラボーマン』、タイトー『マジェスティックトゥエルブ』、テクノスジャパン『コンバットライブス』、データイースト『エドワードランディ』、アイレム『レジェンド・オブ・ヒーロー・トンマ』、ウェストン『モンスターレア』『オーライル』、ビデオシステム『スーパーバレーボール』『ハットリス』などが稼働していた記憶がある。
脱衣麻雀では『スケバン雀士竜子』『セーラーウォーズ』なんかが稼働していた。カウンターのそばにあった『ヘビーウェイトチャンプ』は、通信対戦版『パワードリフト』に入れ替わっていたが、大きくスピード感が損なわれていて仲間内では不評だった。


そして、この「ハイテクセガ五稜郭」と「桃太郎」で、個人的に共通する思い出。
それは“カツアゲ(恐喝)”だ。
とは言っても、どちらも今となっては笑えるエピソードである。

ハイテクセガの方は、夜近くで店内もだいぶ人がいなくなった頃だったか。見知らぬ男(同年代)が「よお、久しぶり!」と話しかけてきた。
まったく知らない人だったのだが、もともと人の顔を覚えるのが苦手だったこともあり、ここで「誰?」と聞き返すのも失礼にあたるかもしれない。
そこで、「知ってるふり」をして取り繕うことにしたのだ。しばし他愛のない会話で盛り上がる(?)。
そして、頃合を見て「ちょっとお金貸して欲しいんだけど……」と切り出されたのだが、それに対する自分の返事が「いいよ、いくら?」。
我ながらマヌケである。
一応、型どおりにトイレに連れ込まれたのだが、こちらは恐喝されているという意識がゼロだったので、(たしかに借金の話は聞かれたくないだろうけど、わざわざトイレにこもることもないだろうに……)とまで思っていたのだ。
ちなみに被害額は500円。なんとものどかな話だ。

桃太郎の方は、こちらは未遂の話である。
当時、雑誌の攻略記事を参考に『ファイナルファイト』を快調に進めていたところ、ちょっと年上とおぼしき男が隣の空き筐体の席に座り、「うまいねー」と話しかけてきた。
これも今だったら訝しむところだが、当時は雑誌記事のゲーセンで仲間を作ろう!みたいな啓蒙に、まんまと乗っかっていた時代。チャンスとばかりに、その男に対し『ファイナルファイト』の攻略について、こと細かに語り始めたのだ。
レバー上を入れっぱなしで打撃から投げにつながる、ソドムの攻略法、エディ・Eの吐き捨てたガムを拾うと体力大幅回復……実演を交えつつ、かなり長々と話したところで、おもむろにその男は立ち去り、それきり見なくなった。
なので、純粋に腕前を見て話しかけてきたのではなく、やはり何らかの別の意図があったのだろう。それがカツアゲかどうかはともかくとして……。


……と、まあそんな出来事もあったのだが、これらは高校生活3年間ほぼ毎日ゲームセンターに通っていた中の、たった2回のエピソードに過ぎない。
これしきで別段ゲーセン通いに影響が出るわけもなく、足を止めることもなかった。

こうして、帰宅部の青春の日々は過ぎていった。
しかし、“帰宅部の青春”にはもう一箇所、欠かせない場所がある。
それは、函館キャロットハウスだ。


  1. 2013/05/12(日) 23:59:59|
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函館ゲーセン・メモリーズ【7】ソアラ

前回取り上げたハイテクランドセガ五稜郭店は、他にも近くにゲームセンターがあり、当時の学生たちの格好の遊び場と化していた。

そのひとつが、ハイテクセガ五稜郭店から歩いて数分のところにある、ソアラというゲームセンター。
「粂センター」という、飲食店(平たく言えばスナック)が押し込まれた雑居ビル(といっても2階建て)の一画に入居していた。


大きな地図で見る

大きな通りから一本入った道路沿いに、正面入口があった(建物中央の板が打ち付けられてるっぽいところ)。
だが、いつも寄る時はもう一箇所の入口、スナックの看板などを横目に暗く狭い通路の奥にある裏口から、いつも出入りしていた。


大きな地図で見る

この地図の、中央の青いシャッターの奥にその通路がある。こちらの方が、大きな通りに面しているのだ。
そういえば、ソアラに寄る時、自転車はどこに停めていただろうか……? もしかしたら、セガに停めっぱなしにしていたかもしれないが、記憶が定かではない。


ここはタイトー系列の店舗だったのか、筐体もほとんどがタイトー製。
前述のセガのシティ筐体ほどではないにしろ、モニタにやや傾斜の付いた真っ白な筐体で、ものによってはヘッドホン端子とボリュームが付いていた。
折しも一人プレイ専用もしくは二人同時プレイタイトルが多くなり、かつてのテーブル筐体によくある二人交代プレイのゲームは少数派になりつつあった。筐体も、ちょうど過渡期にあったのだろう。
とくにヘッドホン端子は、セガでも行っていた生録に活用させていただいていた。

設置されたゲームも、当然ながらゲームもタイトー製品が多かった。
大型筐体でいえば、『ダライアス』『ナイトストライカー』『フルスロットル』『オペレーションウルフ』など。汎用筐体では、『究極タイガー』『バブルボブル』『バトルシャーク』『ファイティングホーク』『フリップル』『バイオレンスファイト』『TATSUJIN』といった作品が記憶にある。
あとはセガの『M.V.P.』もあったりした。

この店で印象に残っているのが、タイトー版テトリス
当時、セガが発売したアーケード版テトリスが大ヒットを記録しており、どこのゲームセンターに行っても『テトリス』が置かれていた。
しかし、タイトー系列のゲームセンターにある『テトリス』は、他とは微妙な違いがあった。
一番わかりやすいのは、だろう。セガ版『テトリス』と比べ、独特の音色をしていた。
あとは「レベルアップ時に背景が変化する時にややタイムラグがある」点もわかりやすい。
一説によると、あまりに『テトリス』人気が過熱して基板生産が追いつかず、タイトーにライセンスを許諾して制作を依頼していたという。恐らく、当時のタイトー系店舗では、ほとんどの『テトリス』がタイトー版だったと思われる。

また、同じく印象深いのが、麻雀ゲームのラインナップだ。
前回のハイテクセガ五稜郭店では、麻雀ゲームと言えば当時の大ヒット作『スーパーリアル麻雀PIII』の他は、日本物産やユウガのタイトルが中心となっていた。
一方、ソアラは同じ『スーパーリアル麻雀』でも『PII』のほうが置かれており、さらにビデオシステムのタイトルが中心に設置されていた。『麻雀放送局』のダイナミックな演出や、大きめの牌表示などには、ニチブツ系とはまた異なる衝撃を受けたものだ。


そして、この店で一番遊んだゲームが、何を隠そうストリートファイターだ。
もちろん、巨大なふたつのボタンが特徴的なアップライト版である。

このゲームには、また別の思い出がある。
高校生になって、修学旅行で奈良と東京に行った時のこと。

修学旅行といえば、自由行動がつきもの。
普通の高校生であれば、観光名所や遊園地に行くのが常だが、当時つるんでいたゲーム仲間たちとは、当然の如くその土地のゲーセンを訪れてまわった。もっとも、最近の高校生なら自由行動で秋葉原とかを巡りそうなものでもあるが……。
奈良はもう名前も忘れてしまったが、雑誌「ゲーメスト」を頼りに店を探し、やっとのことで訪れた店は店内も薄暗く、あまり地元と変わらないラインナップにやや拍子抜けしたものだった。

東京では神保町に行き、古本屋でマンガなどを買いあさったほか、つい先日閉店したゲームコーナー「ミッキー」にも訪問した記憶がある。ゲームのラインナップはもう覚えていないが、看板通りすべてのゲームが50円だったことに驚いたものだ。秋葉原にも行った記憶も、微かながら残っている。

だが、何より印象に残った店舗は、プレイシティキャロット巣鴨店だった。
ここは他の店とも違う、独特のオーラに満ちあふれていた。それはプレイヤーの放つ熱気でもあり、お店の雰囲気でもあり、まさに聖地の呼び声に恥じないお店だった。
そして、その巣鴨キャロットの一画にあったのが、当時としても微妙に時代遅れの作品である『ストリートファイター』だった。
他のタイトルはともかく、この当時すでに設置店が少ないと思われる『ストリートファイター』に、思わぬ地元との共通点を見出せたことが、うれしかったのだ。

波動拳や竜巻旋風脚は出せるものの、昇龍拳はまぐれで一度しか出せなかった。
それでも、調子のいい時はタイステージまで到達でき、調子が悪ければアメリカのジョーに為す術もなく敗北。対戦は一度も遊んだことがなかったが、それでも楽しかった。
修学旅行後は、このゲームで東京との絆というか縁を感じながら、このゲームを一日の締めくくりにすることが多かった。


そんなわけで、自分にとって「ソアラ」と言えば『ストリートファイター』なのだ。


  1. 2013/05/08(水) 23:59:59|
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映画『シュガー・ラッシュ』感想(ネタバレあり)

今回は話題の映画『シュガー・ラッシュ』について書きたいと思います。

『フィックス・イット・フィリックス』と言うゲームで、来る日も来る日も悪役を務めるラルフ。
ある出来事をきっかけに、ヒーローのメダルを手にしようと、ほかのゲームに参戦。念願のメダルを強引に獲得するも、トラブルからラルフはシュガー・ラッシュというレーシングゲームに迷い込んでしまう。
そこで出会った少女・ヴァネロペに、メダルを奪われてしまい……。


といったようなお話ですが、ネタバレ感想は折りたたみます。
もう映画を観た方は、下のリンクをクリックして続きをどうぞ~。
映画『シュガー・ラッシュ』感想(ネタバレあり)
  1. 2013/05/04(土) 23:59:59|
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