『ドルアーガの塔』研究室 管理日報

『ドルアーガの塔』研究室管理人・GILによる、更新履歴だったりつぶやきだったりてきとーに。

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函館ゲーセン・メモリーズ【0】きっかけ

函館のゲーセンの記憶を書き留めておこうと思った。
かつては数多のゲーセンが存在し、数多くのゲームマニアの青春を彩った地。
そして巣立ちの後も、いつまでも変わることなく自分を出迎えてくれるとばかり思っていた地…。

しかし、今ではそれらのゲーセンは、もう残っていない。

今でも目を閉じると、ありありと蘇る当時の情景。
孤独であり、絆もあり、時に熱く、時に静かに情熱を燃やした日々。
それをどこかに、残さなければならない。
自分のつたない記憶でも、きっと共感を覚える人がいるだろうし、何より自分自身が文章として残すことを望んでいる。

しかし、自分の書き留める記憶は、その店舗の長い年月の中で、ごく一断片でしかない。
誰かにとっての居心地のよい思い出の店は、別の誰かにとってはたまたま嫌な目に遭ったことで、苦い記憶の残る店かもしれない。
だから、願わくば、この記事を目にしたあなたの記憶も、どこかに書き留めておいてほしい。
そうすることで、そのお店の記憶はより鮮明になり、共感を覚える人もきっと増える。
それが幾重にも積み重なることで、やがて当時のみんなの知る、ゲーセンの確かな記憶になるはずだからだ。


1980~90年代の函館のゲーセンの思い出。
記憶のすべてを、ここに遺したい。



…と、その前に。
ゲーセンではないが、初めてゲームで遊んだ記憶も、ついでに書いてみよう。


自分が初めて遊んだコンピューター・ゲームは、スペースインベーダー(タイトー・1978年)だ。
場所は家の近所にあったラーメン屋。今では骨董品扱いのテーブル型の筐体だが、当時は喫茶店はおろかラーメン屋でも活躍していた。

とはいえ、その時ですら『スペースインベーダー』の流行はすでに過ぎ去っており、たぶんインベーダー世代としてはギリギリのところにいると思う。
そのうえ、その時は別に自分にインベーダーをやりたい、という意志はなかった。ただ、誰もいないテーブルの中で何か動いているのが珍しく、それ(デモ画面)をじっと見つめていたところ、父に「やるか?」と言われ、100円を差し出されただけの話なのだ。

子供心に見るインベーダーは、ハッキリ言って恐かった。
インベーダーは表情もなしに弾をバラまき、それに当たると画面が真っ赤になり砲台はコナゴナ。
なんかこう、得も言われぬ圧迫感みたいなものを感じ、これは自分の手に負えるものではない、と思ったものだ。


なお、このデビューには後日談がある。

全く気がついていなかったのだが、そのラーメン屋にクラスメイトの女子がおり、後日学校の「帰りの会」で、そのクラスメイトに「きのうー、GILくんがやっちゃいけないインベーダーをやってましたー」と指弾されたのだ。
だが、昨日は父親の許諾もあるし、ゲームセンターではなくラーメン屋だ。咎められる筋合いもない。
「だって、父さんがやっていいって言ったんだもーん!」すかさず反論するも、「でもダメなものはダメなんですー!」と、語尾を上げて言い返される。


結末はたしかお咎めなしだったと思うが、これが初めてのゲームの、今も忘れられない思い出なのだ。


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  1. 2012/07/07(土) 23:59:59|
  2. 函館ゲーセン・メモリーズ
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