『ドルアーガの塔』研究室 管理日報

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函館ゲーセン・メモリーズ【4】ダイエー湯川店のゲームコーナー

湯の川といえば、函館市外の方にとっては温泉地として知られているかもしれない。
だが、地元民にとって湯の川とは、ごく普通の町という印象がある。
実際、地元民はそんなに頻繁に温泉に入るわけでもなし。函館市電(路面電車)の終点と、函大付属有斗高校(野球部が強いことで知られる)があるという、ありふれた町のひとつでしかない。

ここに、ダイエー湯川店というスーパーがある。
地上2階建て、元は「ホリタ」という系列の店舗で、1967年からある店舗だという(調べたらWikipediaに項目があって驚いた)。
中も生鮮食品や書店、文房具屋などが並ぶ、これまたごくありふれた地域住民御用達のスーパーだ。

しかし、ここにあるゲームコーナーのラインナップのマニアックさは、幼少時に強烈な記憶を刻みつけてくれた。
そのマニアックさを書いてみたい。


元々は、地方スーパーによくある、非常にこぢんまりとしたゲームコーナーだった。
最初に見たときは、2階の昇りエスカレーター付近の小さなスペース。
テーブル筐体が数台と、休憩用のベンチに灰皿。買い物中の母親が子どもを遊ばせ、買い物中の妻を待つ夫がヒマをつぶすような場所だ。

この時に見た記憶のあるゲームは、アルファ電子の『将棋』『ジャンピューター』など、やはりありふれたラインナップ。
しかし、その中に当時まだ名の知られていないカプコンの、アーケード第1作『バルガス』があるなど、今にして思えば当時からマニアックな気質の片鱗を感じさせていた。
(『バルガス』を見たと言うことは、1984年時点での話である。)


その後、1985年頃に、このゲームコーナーはグッと増床される。
エスカレーターを昇って左の斜め前に、テーブル筐体が20台以上並ぶほどに拡充された。
通路を挟んで反対側(エスカレーターで昇った正面)には、子供向けの遊具(いわゆる木馬)が並び、ちょっとした遊園地状態に発展したのだ。

そのゲームのラインナップだが、これが新旧取り混ぜてカオスなものとなっている。
古いところでは、『バイオアタック』『アルペンスキー』『ポートマン』『ジャングルキング』『エレベーターアクション』『ワイルドウェスタン』『タイムトンネル』『ロッククライマー』……といった、当時(1985年頃)から見ると時代遅れのゲームが並んでいた。……記憶の糸を辿るとタイトー作品ばかりであることから、そういう方面からまとめて入荷したのだろうか。
他にはSNKの『ラッソ』なんかも記憶に残っている。

さらには、『ギャラクシアン』『パックマン』『タンクバタリアン』純正アップライト筐体も並んで置かれてた。
今考えると、非常に貴重な光景が見られたことになる(しかし当時は、やはり大音響で爆音を鳴らす『タンクバタリアン』が怖くて、ほとんど近づけなかった)。

一方で、新作・人気作もまた積極的に入荷されていた。
『ソンソン』『空手道』『イー・アル・カンフー』『ドラゴンバスター』『ディグダグII』『エグゼドエグゼス』『バラデューク』『テディボーイブルース』『戦場の狼』『ごんべぇのあいむそ~り~』『青春スキャンダル』『イシターの復活』『源平討魔伝』『アレックスキッド ザ・ロストスターズ』『ダブルドラゴン』etc.……。
80年代中盤を代表するゲームは、軒並み置かれていた記憶がある。
変わったところでは、大型筐体の『スーパースピードレースJr.』『バギーチャレンジ』なんかも設置されていた。

そして、1986年には、あのアウトランまで入荷されたのだ(もちろん稼働筐体で)。
『アウトラン』は当時の友達同士で話題となり、とくにそのBGMはゲーム・ミュージックに目覚めていた者にとって、驚嘆すべきクオリティであった。
さっそく同店にラジカセを持ち込み、生録に挑む者まで現れ、そのカセットテープは仲間内でまわし聴きされていった。
折りしも同年は雑誌「Beep」にて、『スペースハリアー』や『カルテット』などのBGMが収録されたソノシートが付属。それは世のゲーム小僧たちに大きな衝撃を与え、後のゲーム・ミュージックの隆盛につながる確かな礎となったのだ。


閑話休題。

そんな一介のスーパーのゲームコーナーとは思えないこだわりを見せていたダイエー湯川店ではあったが、隆盛は長くは続かなかった。
80年代の終わりには、2階の広々としたスペースを追われてしまう。
移転先は2階からさらに上。屋上駐車場と店内を結ぶ階段のある、ほんのわずかなスペースに追いやられた。冬ともなると、屋上駐車場に人が出入りするたびに、ドアから冷気が流れ込んでくるような悪条件で、明らかにゲームには向かない場所である。
それでも、末期には大型筐体ゲームの『エンフォース』が置かれていたこともある。このチョイスもまたマニアックなものだったが、それもやがて電源が切られたまま放置されるようになり、ゆるやかにその役目を終えていったのだ。


大きな地図で見る

1980年代の中盤という、アーケードゲームの技術が飛躍的に向上し、大きく発展していった黄金期。
そのわずか数年間を、独自のチョイスで鮮やかに切り取っていき、瞬く間に燃え尽きていった。
ダイエー湯川店のゲームコーナーは、そんな遊び場だった。


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  1. 2013/01/21(月) 23:59:59|
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