『ドルアーガの塔』研究室 管理日報

『ドルアーガの塔』研究室管理人・GILによる、更新履歴だったりつぶやきだったりてきとーに。

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函館ゲーセン・メモリーズ【7】ソアラ

前回取り上げたハイテクランドセガ五稜郭店は、他にも近くにゲームセンターがあり、当時の学生たちの格好の遊び場と化していた。

そのひとつが、ハイテクセガ五稜郭店から歩いて数分のところにある、ソアラというゲームセンター。
「粂センター」という、飲食店(平たく言えばスナック)が押し込まれた雑居ビル(といっても2階建て)の一画に入居していた。


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大きな通りから一本入った道路沿いに、正面入口があった(建物中央の板が打ち付けられてるっぽいところ)。
だが、いつも寄る時はもう一箇所の入口、スナックの看板などを横目に暗く狭い通路の奥にある裏口から、いつも出入りしていた。


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この地図の、中央の青いシャッターの奥にその通路がある。こちらの方が、大きな通りに面しているのだ。
そういえば、ソアラに寄る時、自転車はどこに停めていただろうか……? もしかしたら、セガに停めっぱなしにしていたかもしれないが、記憶が定かではない。


ここはタイトー系列の店舗だったのか、筐体もほとんどがタイトー製。
前述のセガのシティ筐体ほどではないにしろ、モニタにやや傾斜の付いた真っ白な筐体で、ものによってはヘッドホン端子とボリュームが付いていた。
折しも一人プレイ専用もしくは二人同時プレイタイトルが多くなり、かつてのテーブル筐体によくある二人交代プレイのゲームは少数派になりつつあった。筐体も、ちょうど過渡期にあったのだろう。
とくにヘッドホン端子は、セガでも行っていた生録に活用させていただいていた。

設置されたゲームも、当然ながらゲームもタイトー製品が多かった。
大型筐体でいえば、『ダライアス』『ナイトストライカー』『フルスロットル』『オペレーションウルフ』など。汎用筐体では、『究極タイガー』『バブルボブル』『バトルシャーク』『ファイティングホーク』『フリップル』『バイオレンスファイト』『TATSUJIN』といった作品が記憶にある。
あとはセガの『M.V.P.』もあったりした。

この店で印象に残っているのが、タイトー版テトリス
当時、セガが発売したアーケード版テトリスが大ヒットを記録しており、どこのゲームセンターに行っても『テトリス』が置かれていた。
しかし、タイトー系列のゲームセンターにある『テトリス』は、他とは微妙な違いがあった。
一番わかりやすいのは、だろう。セガ版『テトリス』と比べ、独特の音色をしていた。
あとは「レベルアップ時に背景が変化する時にややタイムラグがある」点もわかりやすい。
一説によると、あまりに『テトリス』人気が過熱して基板生産が追いつかず、タイトーにライセンスを許諾して制作を依頼していたという。恐らく、当時のタイトー系店舗では、ほとんどの『テトリス』がタイトー版だったと思われる。

また、同じく印象深いのが、麻雀ゲームのラインナップだ。
前回のハイテクセガ五稜郭店では、麻雀ゲームと言えば当時の大ヒット作『スーパーリアル麻雀PIII』の他は、日本物産やユウガのタイトルが中心となっていた。
一方、ソアラは同じ『スーパーリアル麻雀』でも『PII』のほうが置かれており、さらにビデオシステムのタイトルが中心に設置されていた。『麻雀放送局』のダイナミックな演出や、大きめの牌表示などには、ニチブツ系とはまた異なる衝撃を受けたものだ。


そして、この店で一番遊んだゲームが、何を隠そうストリートファイターだ。
もちろん、巨大なふたつのボタンが特徴的なアップライト版である。

このゲームには、また別の思い出がある。
高校生になって、修学旅行で奈良と東京に行った時のこと。

修学旅行といえば、自由行動がつきもの。
普通の高校生であれば、観光名所や遊園地に行くのが常だが、当時つるんでいたゲーム仲間たちとは、当然の如くその土地のゲーセンを訪れてまわった。もっとも、最近の高校生なら自由行動で秋葉原とかを巡りそうなものでもあるが……。
奈良はもう名前も忘れてしまったが、雑誌「ゲーメスト」を頼りに店を探し、やっとのことで訪れた店は店内も薄暗く、あまり地元と変わらないラインナップにやや拍子抜けしたものだった。

東京では神保町に行き、古本屋でマンガなどを買いあさったほか、つい先日閉店したゲームコーナー「ミッキー」にも訪問した記憶がある。ゲームのラインナップはもう覚えていないが、看板通りすべてのゲームが50円だったことに驚いたものだ。秋葉原にも行った記憶も、微かながら残っている。

だが、何より印象に残った店舗は、プレイシティキャロット巣鴨店だった。
ここは他の店とも違う、独特のオーラに満ちあふれていた。それはプレイヤーの放つ熱気でもあり、お店の雰囲気でもあり、まさに聖地の呼び声に恥じないお店だった。
そして、その巣鴨キャロットの一画にあったのが、当時としても微妙に時代遅れの作品である『ストリートファイター』だった。
他のタイトルはともかく、この当時すでに設置店が少ないと思われる『ストリートファイター』に、思わぬ地元との共通点を見出せたことが、うれしかったのだ。

波動拳や竜巻旋風脚は出せるものの、昇龍拳はまぐれで一度しか出せなかった。
それでも、調子のいい時はタイステージまで到達でき、調子が悪ければアメリカのジョーに為す術もなく敗北。対戦は一度も遊んだことがなかったが、それでも楽しかった。
修学旅行後は、このゲームで東京との絆というか縁を感じながら、このゲームを一日の締めくくりにすることが多かった。


そんなわけで、自分にとって「ソアラ」と言えば『ストリートファイター』なのだ。


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  1. 2013/05/08(水) 23:59:59|
  2. 函館ゲーセン・メモリーズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

コメント

ソアラの思い出

ああ、ソアラは一番行った回数が多いですね。
第一期はR-TPYEにはまり、第二期はストリートファイター、末期は3画面筐体に復活したダライアスです。
実は私もストリートファイターのプレイ回数は一番多いですね。
管理人さんとは当時どこかで顔合わせてると思いますよ。
壁に貼ってあったハイスコア表でどなたかと競い合ってました。
当時、最初は6ボタンタイプでプレイしてたのですが、ウィルトーク→ビーナスとタイトー系列店を流れてきたアップライト版までソアラに来ちゃいました。ストリートファイターが両タイプ揃う店なんて全国でも珍しかったのではないでしょうか。
アップライト版は最初の敵「烈」の跳び蹴りがやたら強くて、逆にサガットが弱い(パンチ連打でタイガーニーでダッシュしてくるのを止められる)のが特徴でした。
他には、A-JAX、功里金団、キック&ラン、ナイトストライカー、麻雀刺客、10円?20円?のピンボール機はよくやりましたね。
入り口から入るとレイカの看板、ミッドナイトランディング、トップランディングのBGMが印象的。裏口から入ってくると黄金の城、歌舞伎Zなどのマイナーゲーが。麻雀クリニックのBGMが響きます。
高校卒業後、夏の夜風を楽しみながら人の少なくなっていたダライアスをプレイしにいった末期も忘れられません。
皮肉にも続編のストリートファイター2が発売、早々に導入した五稜郭セガの方に入り浸る事が多くなってしまい、ある日突然シャッターが下りていて・・・悔いが残ります。
店のおじさんたちがみんなすごくいい人でした。昨年夏、粂センターの隣りの区画(昔タバコ屋があった位置)にあるラーメン屋に入って当時の事を懐かしんでました。
  1. 2013/06/13(木) 22:21:28 |
  2. URL |
  3. あかべい #-
  4. [ 編集 ]

高校の合格発表を道新前で確認→ソアラでした。

ソアラで当時遊んでいたので、管理人さん、あかべいさんとすれ違ってたのかも

ストリートファイターは確かに、6ボタン版とアップライトの2台がありましたね。
関東だと川崎にアップライト版がありますね(要確認笑)

ところでタイトー系列で、ソアラから437号線を通って長崎屋に行く途中にあったゲーセンの名前をどなたかご存知でしょうか

思い出せん。
  1. 2013/06/17(月) 23:36:04 |
  2. URL |
  3. Kaz #a2H6GHBU
  4. [ 編集 ]

ゲーセン

Kazさんへ
タイトー系列のビデオ・インバードではないでしょうか。質屋を経て空き家、そして現在は寂しい事に数年前に建物自体も取り壊されて空き地になってます。LDゲームのアストロンベルトだけが印象に残っています。
私も店名が分からない店がありまして、五稜郭ホリタとミスドの間の通りにあったゲーセンで、入り口入るとゼビウスがあって、店の造りはL字型になっていました。カウンターがあった記憶があるので喫茶店か何かが本業だったのかもしれませんがゲームの台数はけっこうありました。現在、「粋匠」というお店がある辺りだったと思います。かなりソアラから近いゲーセンという事になります。
  1. 2013/06/18(火) 14:09:15 |
  2. URL |
  3. あかべい #yjwl.vYI
  4. [ 編集 ]

あかべいさん、ありがとうございます。
ビデオ・インバード!
どうして、思い出せなかったんだろう。

近くの某専門学校に通うことになり
学校のそばにゲーセンがある→行くしかない→閉店
結局ソアラ、五稜郭セガ、桃太郎コースかキャロットに行くことになるのですが(自転車で)

LDゲーム置いてましたね。
大怪獣の逆襲があったのを覚えています。

五稜郭ホリタとミスドの間の通りにゲーセンがあったのは知りませんでした。

  1. 2013/06/19(水) 01:16:31 |
  2. URL |
  3. Kaz #uXgpoG/E
  4. [ 編集 ]

コメントありがとうございます!

すみません、コメントが遅くなってしまいました。

>あかべいさん
そうですねー、あの時期でしたらどこかでお会いしてたかもしれませんね。もっとも、ハイスコア争いが出来るほどの腕前はありませんでしたけど……。
そうそう、テーブル版のもありましたねー、『ストリートファイター』。入口のレイカの看板、功里金団や歌舞伎Zとかも覚えています。
居心地の良いお店でしたけど、桃太郎が開店してからはタイトーゲームはそちらの方が近かったこともあり、足を運ぶ回数が減ってしまいました。
閉店したのを見た時は、ゲームセンターが閉店するということを想像すらしてなかったので、まったく覚悟ができておらず、本当にショックでしたね……。

五稜郭ホリタとミスドの間の通りにあったゲーセンは、申し訳ありませんが管理人もまったく記憶がありません……。

>Kazさん
そうそう、道新の函館支社の駐車場で高校の合格発表ありましたよね(笑)。
川崎の『ストリートファイター』アップライト版は、元は同じウェアハウスの東雲にあった筐体でしょうね。他にも『ラッドモビール』など、同店舗にあったとおぼしき大型筐体が並んでいます。

そうそう、長崎屋に行く途中にあったゲーセンの名前は、あかべいさんのおっしゃるとおり「ビデオinバード」ですね。たしか看板の「in」の文字が小さくて、仲間内では「ビデオバード」と呼んでいました。
しかし、やはりセガやソアラのほうばかりで、あまりビデオinバードに立ち寄った記憶がありません……。

あまり立ち寄らなかったけど、名前を覚えてるゲーセンでは、柏木ホリタのすぐ近くにあった「ゼノン」、有斗高校の近所にあった「ペガサス」、産業道路沿いの大きな建物の陰にひっそりとあった「ハイテクセガ神山」なんかもありますね。
いつか触れたくもあるのですが、立ち寄ったのが片手で数えられるほどなので、もっと詳しい方に書いていただきたいところです。
  1. 2013/06/20(木) 00:59:22 |
  2. URL |
  3. GIL #-
  4. [ 編集 ]

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