『ドルアーガの塔』研究室 管理日報

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函館ゲーセン・メモリーズ【10】ジャンプと五稜郭ゲーセンの終焉

五稜郭のゲーセンを拠点に過ごしてきた三年間は、あっという間に過ぎていった。
その後、進学でしばらく函館を離れることとなる。
進学時のゲーセンにも、また思い入れはあるのだが、それは別の機会にでも触れたい。


さて、その後諸事情により、一時的に函館に帰ってしばらく働いていた。

函館を離れていたのはわずか数年であったが、その間にも五稜郭のゲーセンの様相は、大きく変わっていた。


元々、ハイテクセガ五稜郭桃太郎のある場所は、その奥にボウリング場のジャンプがあった。
ハイテクセガの横から伸び、桃太郎への入口もある白い階段は、本来それよりさらに上の階であるジャンプに通じていたのだ。
ジャンプはボウリング場ということもあり、基本的にゲームはそれほど充実はしておらず、熱心には通わなかった。
だが、一時期は函館キャロットハウスにもなかった『メタルホーク』が入っており、友人Kとともによく遊んでいた。

そのジャンプが、ビルの下の階にあったスーパー(たしか生協だったと思う)の部分に進出し、さらに手前の駐車場部分に入口施設を増築して、ゲームコーナー部分を独立させたのだ。
それまでとは比べものにならないほど広々としたスペースに、大型筐体ゲームがたくさん置かれていた記憶がある。
時期的には、その頃人気を博していた『ダンスダンスレボリューション』や、『ファイナルハロン』、そしてなぜか『トップランディング』があったのを覚えている。……が、時間と場所がどこか混在してしまっているかもしれない。


1976年のジャンプ

これは国土交通省の国土画像情報(カラー空中写真)から転載した、1976年のジャンプの様子。
右上は五稜郭公園、五稜郭タワーも昔のものが建っている。右下は後に函館美術館が建てられる場所。
赤いワクで囲んだ建物がジャンプだ。


1993年のジャンプ

こちらは海上保安庁による1993年の航空写真。
1976年当時のジャンプにはなかった建物が、ふたつ隣接しているのがわかるだろうか?
向かって右上の小さな建物が、まさしくハイテクランドセガ五稜郭店や桃太郎が入っていたビル。
右下のやや大きな建物が、前述のジャンプの増設された入口だ。


だが、実際には五稜郭のゲームセンターは、着々と終焉に向かっていた。

真っ先に姿を消していたのは、ソアラだったと思う。
店構え(というより入居していた雑居ビル)はそのままに、居酒屋になっていた。
これはショックだった。自分が足繁く通っていたゲーセンの閉店に遭遇するのは、初めてのことだった。
つい先日まで気軽に立ち入ることの出来た場所が、突然無くなってしまった喪失感。
もはや扉を開けることも、裏口から出入りすることも、『ストリートファイター』で遊ぶこともかなわなくなった……。

そして、ハイテクランドセガ五稜郭店は、いつの間にかコンビニエンスストアのローソンになっていた。少なくとも、前述のジャンプの入口増設時には、すでにゲームセンターではなかったと思う。
こちらはコンビニだったので、何食わぬ顔で中に入ることはできた。しかし、それはそれでやはり店内のそこかしこに満ちあふれる、かつての思い出に浸ってしまう。
入口の数段の段差はそのままだし、店員のおじさんたちが立っていたカウンターはそのままレジになっていた。そういえば、あの店員のおじさんたちは、今どうしているのだろうか……?
奥の方は冷蔵庫が陳列され、往時よりも狭く感じられた。ここにはこんなゲームがあって……あそこにはあの大型筐体があって……トイレの位置は変わっていない……。
なまじ店内をくまなく見られるぶん、より寂しさが募ってしまう。

2階にあった桃太郎も、閉店はしていたはずだ。
ただ、ここは別のテナントが入ったわけではなかったのか、それとも閉店しておいて、そのままになっていたのか。
白い階段を昇ることもなくなったため、その後どうなったかの記憶は、さっぱりない。



そして、現在。


大きな地図で見る

あのビルがまるごと取り壊され、跡地にはマンションが建てられた。
1999年の航空写真では、まだ建物は健在だったが、Google Earthで見たところ2002年にはすでに取り壊しも完了し、マンションの建設が始まっていた。

もはやジャンプもハイテクセガ五稜郭跡地も桃太郎跡地も、みんな消え失せた。
感慨に浸ることすら許されぬぐらい、完膚なきまでに思い出の地は塗りつぶされた。

こうして、五稜郭のゲームセンターは終焉を迎えたのだ。


だが、五稜郭のアーケードゲーム文化が滅んだわけではない。
その近隣にある、大型店舗内のゲームコーナーは、まだ生き残っていた。そして、そのゲームコーナーは、後に五稜郭におけるアーケードゲームの中心店となっていく。
そのゲームコーナーについては、また後日触れることとしよう。


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  1. 2013/06/01(土) 12:00:00|
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